第22話 誇り高き事、獅子の如し
「山本……勘助……」
もちろん、知っている。
だが、山本勘助に関する記録が無く、歴史専門家の間では山本勘助が実在したのかは怪しまれてきた。
戦国武田家を
最近は新たに当時の記録が見つかって山本勘助の実在が確認されたが、それでも何をやっていた人物なのかは今一つはっきりしない。
伝承上では超有能、歴史検証ではイマイチ良く分からない。
そんな人物評価だ。
「山本勘助か……いたんだ……」
俺は小さな声で
俺自身の山本勘助への評価は低い。
神職をハメ殺して、その娘を主君の
織田信長も仏教勢力と対立をして、僧兵や信徒を随分殺したが山本勘助の用いた謀殺のような陰湿さは感じない。
信長の場合は利害対立。
仏教勢力の持つ既得権益と衝突したので排除したように見える。
むしろドライな印象だ。
川中島の合戦でも『
その中には武田信玄の弟、有能な副将武田
俺の見立てだと山本勘助は武田家
とは言え……。
それはあくまでも俺の歴史の見方から導き出された山本勘助の人物評価だ。
「一応、会いましょう。大広間に通して下さい」
「かしこまりました」
本物の山本勘助がどんな人物なのかはわからない。
諏訪家への謀略も、川中島の啄木鳥戦法も、後世の創作で事実は違う可能性もある。
山本勘助は武田信玄に非常に忠実だったという話もあるし、実際に会ってみたら意外と良い人……という可能性も……。
若い侍が呼びに来たので板垣さんと一緒に大広間へ向かう。
大広間は父の時代と同じで板張りのだだっ広い部屋だ。
その部屋の中央に禿頭の人物が座っている。
彼が山本勘助か。
俺と板垣さんが入室するが、山本勘助は頭を下げようともしない。
うーむ……どうやらクセのある人物みたいだぞ。
要注意だな。
俺が大広間の一番奥にある一段高くなった所に座り、板垣さんが俺から見て左前に座る。
若い護衛の侍たちも左右に分かれて座る。
護衛たちも心得ている。
俺が幹部や信用している人物と会う時は、俺の自室で会う。
信用していない人物と会う時は、大広間で会う。
プライベートスペースで会うか。
パブリックスペースで会うか。
相手への信用度、信頼度で、招き入れる場所は大きく違う。
若い護衛の侍から鋭い視線が山本勘助に飛ぶ。
この場で山本勘助が俺を襲撃する可能性もゼロじゃない。
そんな不測の事態に備えているのだ。
「私が武田晴信だ」
「ふひぇ! 山本勘助にございます!」
山本勘助は自身の売り込みを始めた。
自分は凄く優秀ですよと風呂敷を広げているのだ。
気になる事は……、山本勘助の言葉遣いは丁寧だがどこか人を小バカにしたような空気を感じる。
話を聞き流して、山本勘助を観察する。
禿頭で体は小さい。150センチとか……それ位だと思う。
この時代の男性は160センチ位が平均なので、この時代に照らし合わせても小柄な方だ。
目はグリグリッとして大きく、口は左右に大きく開く。
頭蓋骨が話している様で不気味な印象を受ける。
声は甲高くちょっとヒステリックで耳障りだ。
オーバーな身振り手振りと相まって話を聞いているのがだんだんと苦痛になってきた。
「武田晴信様にご献策をいたしたく!」
「よい、申してみよ」
正直、もう疲れた。
さっさと終わらせたい気持ちから山本勘助に献策とやらを言わせてみる事にした。
「甲斐国を天空から眺めますと、南には駿河の今川、相模の北条。東に目を向ければ上野の上杉、また北の大井も上杉の息が掛かっております」
「そうだな」
「しかし! 西! ふひゃ! 西にこそ活路がございますぞ!」
「諏訪か?」
「ご賢察恐れいりまする!」
賢察でも何でもない。
武田家の状況を冷静に見て、一番弱くて倒しやすいのは西にある信濃の諏訪家なのだ。
だけど俺はその選択はパスした。
それよりも海路を求めて駿河の今川家にロックオン中だ。
海に出れば……。
例えば塩、例えば漁業、例えば海上交易……内陸部を攻めるよりも利益がデカい。
ハイリスク・ハイリターンを選択したのだ。
それに信濃の諏訪地方を治める
諏訪家を攻撃すれば地元民の反発が必至だ。後の統治が難しくなる。
諏訪攻略は、簡単そうに見える一方で、そう言ったリスクがあるのだ。
だがそんな俺の胸中を知らず山本勘助は得意絶頂で自分の策を語る。
「
「あまり大口を叩くな」
山本勘助の語りにウンザリし、少したしなめたが山本勘助はヒートアップする。
「我に策アリ! 大軍でもって諏訪家を包囲いたします。そこで諏訪に和睦を申し入れるのです。『降伏して甲斐まで来い。武田家に忠誠を誓えば所領を安堵し、一族の命も保証する』と」
「……」
「そこで安心してノコノコ現れた諏訪頼重を斬れば良いのです!」
これが歴史に残る山本勘助提案の諏訪家ハメ殺しだ。
和平と安全を約束して、それを裏切る。
「諏訪頼重は、
「これはしたり! この世は乱世でございますぞ! 謀略大変結構ではございませんか!」
「人々の心情を問題にしているのだ。それにそのような謀略を用いれば、武田家は信用を失う」
「兵は
「軍略の議論をしているのではない! 外交と統治上問題があると言っているのだ!」
「やれやれ……武田晴信様はお若い……それにお甘いですな。それなら若い方の喜ぶ話を……諏訪頼重の娘は、三国一の美女との噂が……父の諏訪頼重を斬って娘をモノになされよ」
俺は我慢出来ずに立ち上がった。
「御客人がお帰りだ! 遠路はるばるご苦労であった!」
俺は荒々しい足取りで大広間を後にした。
この世が戦国乱世だという事は、とっくのとうに分かっている。
百歩譲ってもし相手が今川や北条なら、自分より格上の強者が相手なら山本勘助が献策したような汚い謀略を用いるのもアリだろう。
だが、諏訪家は明らかに武田家よりも格下の弱者だ。
弱者と戦うのに、そんな汚い謀略を用いるなど……。
そもそも謀略を仕掛けるプラスよりマイナスの方が大きい。
俺は武田家の歴史を変えると決めたのだ!
そのような陰湿な策は用いない!
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