第24話 チェーンソーで切る事、縁起の悪い十三日の如し

「えっ!? ガソリンが売っている!?」


 何かの間違いじゃないだろうか?

 消防法とか危険物関係の法律があるから、ガソリンは通販では無理だと思っていたが……。


「ほら! これ! ガソリンの缶詰だって!」


「はい!? ガソリンの缶詰!?」


 香がネット通販『風林火山』の画面を俺に見せる。

 そこにはちょっと大きめの銀色の1リットル缶に『ガソリン』と書いてある。


 説明書きを読むと……、ああ、なるほど!

 これは災害時用、非常用のガソリン缶詰らしい。

 灯油や軽油の缶詰もある。


 俺が見終わると香は更に何かを探し出した。


「あとは……この混合燃料っていうのは、チェーンソー用みたい」


「混合燃料……」


 香が違うページを表示した。

 四角い缶に色々と書いてあるな……。


 ああ、なるほど。

 これはエンジンオイルが混ぜてあるガソリンだ。

 チェーンソーや芝刈り機用と書いてある。

 4リットルで1,200円だ。


 1リットル300円は高い気もするが、エンジンオイルが混ぜてあるし保管も出来るみたいだからな。

 これを使っておけば間違いないだろう。


「こっちの方が良いんじゃない? そのままチェーンソーの燃料に使えるみたいだよ」


「じゃあ、この混合燃料とチェーンソーをカートに入れて……あとゴーグル付きのヘルメットと……」


 すっかりチェーンソーを買う流れになっている。


 まあ、でも、金山開発はスピードアップしたいし、木材も不足している。

 とりあえずチェーンソーを一台買って試してみて、上手く使えるなら何台か導入してみよう。


「一揃いカートに入れたから、ハル君これで」


「オッケー! 購入!」


 シャリーン! とコインが引き落とされる音がして、目の前にチェーンソーと用具一式が現れた。


 ・チェーンソー本体

 ・混合燃料

 ・ゴーグルの様なフェースガード付きのヘルメット

 ・オレンジ色のツナギみたいな防護服上下

 ・専用の安全靴みたいな防護服

 ・なんだか良く分からないベルトやら何やら


 しばらく待っていると香がチェーンソーの説明書を読み終わったようだ。


「じゃあ、木を伐りに行きましょう!」


「了解!」



 俺、香、板垣さん、香隊こと飯富虎昌と隊員五人は、躑躅ヶ崎館の裏、北側の山にやって来た。

 道路建設現場は沢山の作業員が働いている。


 移動の途中で馬に乗って移動する俺と板垣さんが、マウンテンバイクの香たちにぶち抜かれるというアクシデントがあったが……。


 マウンテンバイク速いな。

 マジで斥候・伝令部隊用に採用しようかな。

 飯富虎昌のドヤ顔がムカつくが、まあ良い。


 道路建設の現場に着くと装備一式を身に着けた香がチェーンソーを構えた。

 重いはずなのだが……香は苦も無く持ち上げている。


 おかしいな。

 あのチェーンソー4.6kg、燃料を入れたら5kg近いはずなんだが。

 一芸の補正が入っているのか?


 香が目を付けたのは直径20センチの木だ。

 結構太い。大人が抱き着けるくらいの太さがある。


 香はしばらく木の周りを見るとチョークで木に切り込み予定線を書き入れた。

 そして俺達に向かって怒鳴った。


「そっちに倒すから! 離れていて!」


「了解! みんな離れて! 木が倒れて来るから、離れて!」


 俺がみんなを誘導するが、みんな木が倒れるという事がピンと来ないらしい。

 チェーンソーで木を切るスピードがイメージできないんだろうな。


 この戦国時代なら数日かけて一本の太い木を切り倒す。

 香が今からやる事をみたら腰を抜かすな。


 香がチェーンソーのスターターロープを引いてエンジンを始動させた。


 ズラタタタタタ……。


 エンジン音が山に反響する。

 聞いた事の無い異音に板垣さんや飯富虎昌たち、近くの作業員も反応する。


 チェーンソーの回転速度が上がった!

 香がチェーンソーを真横にして木を伐り始めた。


 ウォーーーーーーーン!

 オーン!

 ウォン!

 ウォーーーーーン!



 ズラタタタタタア……。


 ウォーーーーーーーーーーーーーーン!

 オーン!


 ズラタタタタタア……。


 まず香は倒す方向に三角形に切れ目を入れた。

 綺麗にすっぱりとした切り口の三角の木の切れ端が転がり落ちる。


「な!」

「あんなに早く!」

「あの切り口を見ろ!」

「香様のお持ちの道具は何だ!?」


 いや、もう大騒ぎになっている。

 チェーンソーが何かわかってないヤツが近づこうとしている。


「こら! 近寄るな! 木が倒れて来るから離れろ!」


「うわ!」

「木が倒れて来るってよ!」

「逃げろ! 逃げろ!」


 香は逆側に回り込んだ。

 今度は真横にチェーンソーを木に入れる。


 ウォン! オーン!

 ウォーーーーーーーーーーーーン!

 オン! ウォン!


 ウォーーーーーーーーーーーーーーン!

 ウォーーーーーーーーーーーーーーン!

 ウォーーーーーーーーーーーーーーン!

 オーン!


 ズラタタタタタア……。


 香がチェーンソーのエンジンを止め、木を軽く押した。

 メキメキと音がして木は最初に香が三角形の切り込みを入れた方へゆっくりと倒れだした。

 香が楽しそうに叫ぶ。


「たーおれーるぞー!」


「うわわわ!」

「逃げろ!」

「倒れる!」


 また近づこうとしたバカがいて、慌てて逃げている。

 やがて木は倒れるスピードを増して、一気に地面に倒れ込んだ。


 香が倒れた木に片足をかけて得意げに話し始める。


「どうよ! これが文明の力よ!」


「香様!」

「香様バンザーイ!」

「香様!」


 こうして香は木こりの神になった。


 板垣さんが俺に近寄り神妙な顔で忠告を始める。


「御屋形! 香様がお持ちの道具は素晴らしい道具ですが、強力な武器にもなり得ます!」


「そうだね。あれを戦場で振り回されたら悪夢だよね」


「門外不出の唯一無二の神器として武田家の家宝に……」


「あ、板垣さん。あのチェーンソーという道具は、武田家以外では使えませんよ。だから万一、他家に盗まれたとしても大丈夫です」


「なんと!」


 チェーンソーは強力な道具だが、燃料が無いと動かない。

 燃料は俺がネット通販『風林火山』で買うのだ。


 他家では燃料が絶対に手に入らない。

 もし、武田家のチェーンソーを盗み出したとしても、しばらくしたら燃料切れで使えなくなる。

 だから、安心なのだ。


「そんな訳でチェーンソーを数台投入しようかと」


 まあ3台くらいかな。

 本体は29,800円だったけれど、防護服とかが高い。


 つなぎみたいな防護服上下:5万

 安全靴みたいな専用の防護靴:2万5千円

 ゴーグルみたいなフェースガードがついたヘルメット:2万円

 防護手袋:5千円


 合計で10万円なり。


 チェーンソーなんて間違えて体に触れれば、即人体切断だからな。

 プロテクト効果の高い防護ギアの装着は必須だ。


 防護服関連だけで一人当たり10万円かがるが、必要な出費だ。

 それに何より……。


「金山開発のスピードは上げなきゃならないですから、追加で……そう……もう二台投入します」


「うーむ。それでしたら信の置ける者にだけ、あの道具を扱わせるようにいたしましょう」


「そうですね。取り扱いに気を付けないと危険な道具ですし、使う人間を厳選しましょう。まかり間違ったら自分の体を切ってしまうし、木を倒す時も方角に気を付けないといけないし」


「かしこまりました。飯富虎昌と相談して人選をいたします」


「頼みます」


「して、あの道具の名は?」


「チェーンソーと言います」


 こうしてチェーンソーが作業現場に投入された。

 チェーンソーを取り扱うのは厳選された若い侍で『神器を扱う非常に名誉な仕事』という位置付けになった。


 そして俺は気が付いてしまった。

 割高ではあるが……燃料が手に入る!

 燃料が手に入るなら出来る事も広がる!


 自重?

 何それ?

 美味しいの?


 そもそもの話だが、もうこの世界の歴史は、俺の知る歴史から変わってしまったのだ。

 変な自重をして、歴史を変えないようにしても意味がない。


 来年は干ばつで、再来年は今川家で内乱がある。


 これに備える為には……新たな道具を投入だ!

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