第20話 国盗りを狙う事、豺狼の如し

 ――視察の翌日。


 相模さがみの北条家へ外交しに行っていた板垣さんが帰って来た。

 俺の部屋で会議だ。

 お互いどういう状況で何が起きたかを、すり合わせをしないとね。


 俺の部屋に入ると板垣さんは珍しそうに床を見た。


「御屋形様……この床は……」


「これは絨毯じゅうたんという。南蛮なんばんの習慣で床に絨毯を敷くんですよ」


 会議をする部屋の床が冷たいと奥様のかおるからクレームが付いたんですよ!

 仕方が無いのでネット通販『風林火山』でパズルみたいなマットと絨毯を買った。


 パズルみたいなマットを床に敷き詰めて、その上に絨毯を敷いたら結構暖かい。

 冷え冷えの木の床には、もう戻れません。


 板垣さんは不思議そうに絨毯を指で押したり、手で撫でたりしている。


「それで北条はどうでした?」


「はっ! 北条氏綱ほうじょう うじつな様より書状をお預かりしております」


 板垣さんはかたわらに置いたうるし塗りの文箱ふばこから書状を取り出した。


「北条家との和睦わぼくが相成りました。ひとまず一年という事で話をまとめて参りました」


「よしっ! お手柄ですよ! ありがとうございます!」


 北条家との和睦!

 これは大きい!


 北条氏綱ほうじょう うじつなからの手紙を受け取り開き見る。

 力強く一文字一文字をしっかりと書いている印象だ。



 武田晴信殿

 武田家当主継承の件、御目出度き候。

 此度は菓子を頂き誠に結構也。

 和睦の件承り候。

 委細は板垣信方殿とご相談つかまり候。

 北条氏綱


 わかりづらいな……。

 北条家は北条氏綱ほうじょう うじつなが二代目で歴史は浅い家なのに、手紙はしっかりしている。

 いや、ウチの妖怪ジジイ小山田虎満が砕けすぎているだけか。


 さて、この手紙の意味は……。


『武田家の当主になっておめでと!

 お菓子ありがとね! 美味しかったよ!

 和睦はOKだよ。

 詳しい事は板垣さんと相談したからね』


 こんな感じか。

 俺が手紙を畳んで板垣さんに返すと板垣さんが説明を始めた。


北条氏綱ほうじょう うじつな様は、土産の金平糖こんぺいとうをことのほかお喜びになりました」


「おっ! お土産選び正解でしたね!」


「金平糖もですが、美しいガラスの器も大変喜ばれました」


 北条氏綱ほうじょう うじつなへの土産みやげは、金平糖こんぺいとうにした。

 駿河屋喜兵衛経由で売っているので、そろそろ相模にも金平糖の噂は流れているだろう。


 金平糖は江戸切子きりこの美しいガラスの器に入れた。

 もちろんネット通販『風林火山』で買いましたよ。

 江戸切子何て戦国時代には、まだないからね。


 そして俺は気になっていた事を聞いた。


「それでかんばつの情報は、どう反応していましたか?」


 今回、北条氏綱ほうじょう うじつなには『来年干ばつになる可能性が高い』と情報を流す事にした。

 一笑に付すか、真剣に受け止めるか。

 北条氏綱ほうじょう うじつなの出方が知りたい。


「内密な情報としてお伝えをいたしましたところ深く考え込んでおられました。しばらくして、『相分かった。情報感謝する』とおっしゃられました」


「すると……真剣に受け止めては貰えたみたいですね?」


「はい。あの様子では少なくとも何も対策しないという事は無いと思います。しかし……あの……よろしいのでしょうか?」


「うん? 何がです?」


「干ばつの情報を教えなければ北条は弱体化したと思うのですが?」


 うん、確かにね。

 それは俺も思った。

 しかし、俺はその選択をしなかった。

 なぜなら……。


「北条とは良き友人でありたいのですよ。同盟関係を築いて武田家の背後を守って貰いたい」


「すると……北条家の信頼を勝ち取る為に、あえて干ばつの情報を流したと?」


「うん。そうです。お土産の金平糖だけじゃ関心は買えても、信頼は得られないでしょう? ましてや父信虎と北条氏綱ほうじょう うじつなは何回も戦っているのだから」


 さじ加減が難しい。

 俺が望んでいるのは対等な同盟関係だ。

 いわゆる土下座外交をやるつもりはない。


 そこでお土産を何にするか?

 米、塩では感謝はされるだろうが、ありきたり過ぎる

 きんではこちらが頭を下げているようでよろしくない。


 そこで金平糖だ。

 武田家は今ウワサの最新流行のシャレた菓子が手に入るんだぜベイベー!

 という感じで、ちょっと武田家が優位に立てる。


 そして重要情報――干ばつの情報を提供する事で、俺が本気で同盟を結びたい事を示す。

 武田家側から信頼の証を立てた形だ。


 北条氏綱ほうじょう うじつなが考え込んでいたという事は、俺からのメッセージや金平糖や干ばつ情報の価値を考えてくれたのだろう。


 板垣さんは探るように話を進める。


「私が気になりますのは、北条家以外の外交方針ですが……。いかがいたしますか?」


 それはもう考えてある。

 俺はゆっくりと頭の中を整理しながら武田家の外交方針を話し始めた。


「まず上野こうずけ山内やまうち上杉家とは、現状維持。消極的な和睦維持だ」


「なるほど」


 山内上杉家は上野国こうずけのくに、現在の群馬県を中心に埼玉県と長野県の一部を領有している。

 武田家とも北側で領地を接してはいるが、アクセスが悪い。

 山が多く道は狭いのだ。

 攻撃するのも大変なので、一応同盟関係にあるので放置しておく。


 ただし、山内上杉家は史実ではこれから衰退の一途を辿る。

 あまり深く関わりたくはない。

 だから消極的な和睦維持で行く。


「それから西側、信濃しなの諏訪すわ家とも和睦を結びます」


「それは! 意外ですな……」


 板垣さんは俺が北条と和睦して、信濃を攻めると思っていたのだろう。

 でも、俺は信濃をとらない。


 あそこは武田家にとって鬼門だ。


 信濃は長野県の事で、武田家の領地甲斐国の西側になる。

 信濃も甲斐国以上に山が多く峠越えが多いので移動が大変だ。


 史実では武田晴信は諏訪家を騙し討ちにして信濃を制覇した。


 だが、俺はこれが滅びの始まりと見ている。

 諏訪家は武家であると同時に、諏訪大社すわたいしゃという歴史のある神社の神官も兼ねている。


 その諏訪家を騙し討ちにしたのだ。

 信濃の民は怒ったと思うよ。


 その報いが武田信玄の子、勝頼に降りかかる。

 裏切りが発生し、武田家滅亡にも通じる。


 経済的な面からはどうか?

 史実では豊臣秀吉時代に行った検地によると……。


 甲斐国:22万石

 信濃国:40万石


 ざっくり信濃は甲斐の倍の生産力がある。

 この数字だけ見ると信濃に侵攻するメリットはある。


 けれども信濃は広いのだ。

 おまけに山が各地を分断しているので、地域ごとに国人の支配力が強い。

 統治するのに苦労する事が目に見えている。


 それに寒い。

 また香に『寒い! 寒い!』と文句を言われるに決まっている。


 という訳で史実通りの信濃攻略は却下だ。

 俺は武田家の歴史を変えるのだから、出だしの信濃攻略も変えてしまいたい。


 板垣さんがれたように質問する。


「それでは、しばらく武田家は甲斐にこもる戦略でしょうか?」


「いや、打って出ますよ。甲斐にこもっていてはジリ貧ですからね」


 板垣さんが眉根を寄せて考え込む。


「お待ち下さい。相模、武蔵野の北条とは和睦。上野の山内上杉家とも和睦。信濃の諏訪家とも和睦……まさか!」


「ええ、狙うのは駿河の今川家です!」

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