第2話

一先ず彼を居間に通し、これからの話をする事にした。

「孤城さんはえっと…」

「遥で良いですよ。私はこの地でやり遂げなければならないことがあるのです。詳しくはまだ言えないのですが…。どうかお力をお貸し願えませんか。この通りでございます。」

そう言うと遥さんはすっと一歩下がり土下座をした。

「ちょ、やめてよ、そんな畏まらないで。気楽に過ごしなよ。どうせこの家は俺しかいないんだしさ。」

俺がこんな何も知らない遥さんを家に入れたのには訳がある。それは遥さんが纏う空気が綺麗だったこと。俺はその人がもつ感情や性格などを色や匂いで知ることが出来る体質を持っている。遥さんは今まで見た事もないほど澄んだ空気を持っている。それに遥さんは絶対に悪い人じゃない。そう言い切れる何かを遥さんは持っていた。

「何か俺に出来ることがあったら言ってくれよ。力になれることはやるからさ。」

「ありがとうございます。未来様。お優しいところは変わらないのですね。」


そんなこんなで遥さんと住み始めて1ヶ月が経った。遥さんが来てからのこの1ヶ月、俺は遥さんに頼りきっていた。遥さんはなんでも出来る人だった。俺が起きると前日の夜に洗濯機に放り込んだ洗濯物は既に外に干され風に靡いていて、テーブルには一汁三菜という健康すぎる程の食事が待っている。さすがに悪いと思い分担を申し出ると「置いてもらっている分際、少しでもお役に立ちたいのでございます。」その一点張りだった。その優しさに甘えながら淡々と日々を過ごしていると神社に一人のおばあさんがやってきた。この神社は今は参拝客はなどいなく、人が来るなんて俺がこの神社に住み始めてからは初めてのことだった。腕にランドセル持ちながら神社の敷地の片隅に置いてある膝下くらいの高さの石に手を合わせている。人と話す機会なんてなかなかないと思い遥さんとそっと近寄ってみるとツンとした匂いが鼻をついた。

「こんにちは。何を祈っているんですか。」

するとおばあさんがゆっくりと振り向きポツポツと話し出した。

2ヶ月前の大地震で家が津波で流されたこと。その日、おばあさんは家を離れていてお孫さんを1人にしてしまったこと。お孫さんが未だ帰ってこないこと。

後悔と悲しみを含んだ大粒の涙が頬を伝う。

「あの日、私がついていれば…。あと5分早く帰っていたら…!」

そうおばあさんが叫んだその時、おばあさんの背後からどす黒い湯気のようなものがゆらゆらと浮かんではおばあさんを包み込んだ。おばあさんはその場に倒れ、動かなくなった。

「これは…!」

驚いた顔で遥さんがおばあさんの隣へしゃがみこむ。

「おばあさんの悲しみと強い後悔が自責の“念”になったんだ。こうなってしまうと生きてる人が無念を晴らしてあげるしかない。」

「未来様はどうなさるのですか。」

まっすぐに俺を見つめる目に吸い込まれそうになる。相変わらず美しい顔立ちをしている。触れただけでカラカラと崩れてしまいそうな儚さを感じる。

「お孫さんを探そう。」

俺は今度は迷わずに言った。


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