夢
「今日から六年三組の新しい仲間になる、転校生を紹介する。北海道から来た『北海の荒熊』こと、神辺京一くんだ! 皆、盛大な拍手で迎えてやってくれ。おーい、神辺! 入って来ーい!」
担任の飯田は、教室のドアをガラガラと勢いよく開けた。
少し間があってから、背の高い眼鏡をかけた転校生が姿を現した。
「うぉぉぉおおおおおおお!!!!」
クラス全員の歓声と拍手でお出迎えだった。
飯田は人差し指を口元に持っていき、静まるよう皆に合図を送る。教室内は一瞬で静かになった。
六年三組は、先生と生徒の関係がとても良くて、他のクラスと比べても、かなりまとまっていた。
淳はこのクラスが大好きだった。
「さあ神辺、まずはおまえの方から簡単に自己紹介をしてくれるか?」
飯田は軽く転校生の肩を叩いた。
「北海道、釧路市から来ました。神辺京一です。趣味は空手と読書。最近読んだ本で強く印象に残っているものは、アレクサンドラ・デュマの『巌窟王』です。皆さん、今日からよろしくお願いします」
「おおおおおおお!!!」
「アレクサンド? なんだそれ? プロレスラー?」
「ケンタッキーの人じゃね?」
「空手だってよ? 強いのかな?」
「なんかけっこうかっこよくない?」
「背が高いよねー! 色白いしー!」
教室内が騒がしくなっていく。
「ねえねえ周ちゃん? 『巌窟王』だって? すごいなぁ。僕もアレクサンドラ・デュマ、大好きなんだ」
「へー、そうなのか」
本のことなど全く興味のない周は、幼馴染の明仁の話を全く気に止めていなかったが、その後ろの席の淳は、興味を引かれていた。
「ねえねえ淳くん? 淳くん、確か前に『三銃士』読んでたよね?」
明仁が身体をくねらせて、今度はすぐ後ろの席の淳の方に話しかける。
「あ、うん」
「神辺くんと僕ら、仲良くなれそうだね」
「うん、そうだね」
無邪気な笑顔を見せる明仁に、淳は反射的に笑顔を返した。
しかし笑顔の裏側で、淳は昨夜偶然聞こえてきた、両親の会話を思い出していた。
会社で転勤の話が出ているから、しばらくしたらまた引っ越すことになるかもしれないと言う父親。
それに対して、驚きとも諦めとも分からない反応を見せる母親。
まだ両親から直接引っ越しの話をされてはいないが、恐らくそうなるだろうと、淳は予感していた。
また転校するのかと思うと、淳は急にすべてがどうでもよく思えて来た。
果たして、今来たこの転校生は、初めて転校の話を聞かされた時、どんな気持だったのだろうかと、彼は想像する。
なんとなく視線を転校生の方に向けると、偶然にも彼と目が合ってしまった。
淳は慌てて視線を逸らせる。
「どうしたの、淳くん?」
じっと淳を見ていた明仁は、ちょっと驚いた顔をしている。
淳は、何でもないよと笑ってごまかした。
もう一度視線を転校生の方へ向けると、再び目が合った。
転校生は、ずっと淳の方を見ているようだった。
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