第39話 黒き聖女と聖なる光 9
いつもより少し早い時間、宿屋の朝食をいただく。
いつもは混雑している食堂もこの時間はすいているようだ。
「今日は朝からダンジョンですか?」
シャーリはトレイに朝食を乗せ、俺たちの前においてくれた。
しかし、朝から山盛りだな。
「あぁ、今日からメンバーが増えるんだ。事前に話をしておきたくてね」
「メンバー増えたんですか?」
「まぁね」
リリアは両手にパンを持ち、モリモリ食べている。
「シャーリさん、このパンおいしいですね」
「ふふん。いつもは近所のパン屋さんから仕入れているんだけど、今日は私が作ってみたの! どう? おいしいでしょ?」
「これ、シャーリが作ったのか? なかなかうまいな」
少し頬を赤くし、シャーリは胸を張る。
「ア、アクトさんに食べてほしいわけじゃ無いのよ。お客さんの為に作っているんだからねっ! 勘違いしないでくれる!」
「お、おう。でも、これだけうまくできれば、将来パン屋になれるかもな」
シャーリは想い描く。
街の小さなパン屋さん。朝から仕込んだパンを焼くアクトの姿。
そして、カウンターでパンを並べる自分の姿を。
「シャーリ、今日もエプロン姿がかわいいね」
「アクトも、いつもと同じようにかっこいいよ」
「さ、一緒にパンを並べようか」
重なる手、そして、見つめ合う二人……。
「――リ? おーい、シャーリ。俺たちそろそろ行こうと思うんだけど?」
我に返ったシャーリの目の前で、出かける準備をしている二人。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
慌ててシャーリはカウンターに消えていった。
いったい何を慌てているのだろうか。
しばらくするとシャーリは袋に入れた何かを持ってきた。
それをアクトの前に差し出す。
「これ、多く作りすぎたから持っていきなさいよ。余った野菜とか、肉とか挟んであるし」
「お、いいのか? もらっても」
「あ、あまりものよ! 別に大したもんじゃないし……」
俺は笑顔でシャーリから袋を受け取る。
手に持った袋から、香ばしいパンのいい匂いがしてくる。
なんだ、作り立てじゃないか。
「ありがとう。ダンジョンでおいしくいただくよ」
「……無事に、帰ってきなさいよ。その袋、私のお気に入りなんだし。必ず返しなさい」
シャーリに見送られ、リリアとギルドに向かう。
先に掲示板を確認し、クエストを確認。
うーん、ニコアがどれくらい戦えるか、全くわからないんだよね。
でも、二階層に行っていたってことは、俺たちと同じくらいと考えてもいいよね。
「リリア、これなんてどうかな?」
リリアにクエストを確認してもらう。
「いいんじゃないですかね? 初めて三人で潜るわけなので、試しに」
「よし、じゃぁ、先に受注しておくか」
受付にクエストの受注依頼を行い、三人で行く事を伝える。
「アクトさん、メンバー増やしたんですね」
「はい、ちょっと昨日色々と話が進みまして。三人で行ってみようかと思います」
「くれぐれも無理はしないようにお願いしますね」
「はい!」
「あ、そうそう。三階層よりも下の階で変異種が出ているらしいの」
変異種。
通常見かけるモンスターは突然変異してしまうことがある。
見た目はそこまで変わらないのに、凶暴になり、人を襲ってくる。
目の色や体の色が通常とは異なっているので、遠目からでもわかるらしい。
「変異種ですか?」
「そう。二階層にではまだ確認できていないけど、十分に気を付けてね」
「わかりました。では、行ってきます!」
受付も終わり、ギルドの外でニコアを待つ。
さて、ニコアはどんな装備でやってくるのか。
少しだけ楽しみでもある。
「主様!」
俺を呼んだのはセーラだった。
こちらに向かって走ってきており、かなり急いでいるようだ。
「どうした? こんな時間に」
「や、宿に行ったら、すでに出発したと聞きまして。どうしてもお伝えしたいことが……」
慌てた様子のセーラ。
普段は結構クールなのに、こんなに慌てているなんて。
よっぽどの事が起きたのか?
セーラは俺の顔に近づき、耳打ちしてくる。
「ニコアさん、昨夜誰かと密会しておりました。主様の魔力を測定した羊皮紙がその者の手に渡っております」
ニコアが密会? しかも俺の事を誰かに話している?
「アクト様、ほらやっぱり。私は怪しいと思ったんです!」
「主様、いかがいたしましょうか?」
うーん、一体何のために俺の情報を……。
俺ってそんなに強くないし、お金もないし、すごい魔法が使えるわけでもないFランク冒険者。
ニコアは俺を誰かと間違っているのか?
「しばらく様子を見てみようか。このことはニコアにばれないように。みんなも普通に接してくれ」
「いいのですか?」
「まぁ、孤児院の子供の為に稼ぎは必要だろ? 俺も注意するし、様子をうかがおう」
「アクト様がそういうのであれば……。でも、アクト様の身に何かあったときは――」
「その時はその時考える。ニコアの事も気になるけど、今はダンジョンに集中しなくちゃな」
セーラから情報をもらい、少しだけニコアを警戒することにする。
うーん、俺が感じた印象とは違うのかな?
いつでも悲しそうで、泣きそうで、作り笑いしかできなくて。
それでも一人で抱えて、頑張って、無理して。
そんな風に感じたのは、俺の勘違いなのか?
それとも、俺がそう感じるように演技をしているのか?
「お、お待たせしました!」
ニコアがやっと合流。
やや質素な白いフード付きのローブに、肩掛けバッグ。
細いベルトには一本のナイフが装備されている。
首からは昨日と同じペンダントがちらついて見える。
そして、昨日はつけていなかったリングをつけている。
俺も人の事は言えないけど、軽装備ですよね。
「おはよ。昨日はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで。子供たちも喜んでいました。ありがとうございました」
軽く挨拶をしてから、今日のクエスト説明を行う。
「では、二階層で魔石を集めればいいんですね」
「そう、モンスターの種類は問わないと書かれている。まぁ、モンスターの駆除クエストだな」
種類関係なく、とりあえずモンスターを駆除してこいクエスト。
魔石の数も特に決まっていない。
どちらかというと、初心者向けのクエストに近いな。
「では、俺が先頭で隣にリリア。後方にニコアで進もうと思うけど、いいかな?」
「アクト様、一番後ろは私が」
「リリアが一番後ろ?」
「はい、後方から突然襲われるかもしれませんので」
少しだけ目が怖い。
もしかしたら、ニコアの事を警戒しているのだろうか?
「うん、それでもいいけどニコアは?」
「私はどこでも大丈夫です」
隊列が決まり、いざダンジョンに出発だ!
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