5-4 ヒトの道理
「
街灯の逆光を浴びながらドワーフが飛び込んできた。大鎚を振りかぶったまま、軽々とコーヤの頭を越えて
「ムッ?!」
ただの打撃ではないと見抜いたのだろう。
「
後退した白い仮面を茨の縄が追う。だが柄を縮めるようにして大鎌の刃が引き戻され、うねる間も与えず蔓を刈り取る。一瞬の攻防の後、奇襲をしのいだ
「ナゼ今ごろ仕掛けテクル。手を引いたのではなかっタノカ?」
「決まってる。ビジネスさ。新しい依頼が来たんだよ」
「そうとも。臨時収入万歳!」
エルフの男が大げさにポーズをとった。同時に、どこからか電導二輪が突っ込んでくる。
だが、そのシートには誰も座っていない。
「なっ! 俺のバイク!?」
よく見なくても分かる。ついさっきまで自分が運転していたのだから。
コーヤが悲鳴の混じった驚きの声を上げると、男が軽い調子で手を挙げた。その指では、リング型ウェアコンが輝きを放っている。
「ごめん。ちょっと借りたよ」
電導二輪に内蔵された制御用の電理機をハッキングしたらしい。電導具と思しきタクトを指揮者のように振り、二輪駆動の車体を縦横無尽に走らせる。
「ヒュウ♪ すごいねこれ。運動性能と安定性が抜群だ。レスポンスもすぐ返ってくる」
「遊んでるのか!」
「――まさか」
ふざけているように見えてその目は真剣だった。エルフの鋭い視線を追えば、遠隔操作で踊るバイクがしっかりと
「そこ!」
十分な加速をつけていた電導二輪が、さらに前後のタイヤの回転を増す。同時に車体を地上すれすれに傾けて急転換を行い、敵に向けて猛スピードで突進する。
「ッ!」
さすがに時速百キロを越える不意打ちには対応しきれなかったのだろう。重量級の高速体当たりをまともに食らった
「今のうちだ、エミリアを起こせっ!」
「へ!?」
「あいつ、死ぬ前にアムと話をさせてくれと依頼してきたんだが、肝心の切り札とやらを出す前に意識が落ちやがった」
ドワーフの女が苛立たしげに話す間にも、
「電導士なんだろ、何とかしてくれ」
「なんとかって……
そもそも『死ぬ前に話を』とはどういうことか。エミリアはそこまで重傷なのか。理解が追い付かずコーヤは軽いパニックに陥った。だが女は取り合うとせず、逆に怒鳴り返してくる。
「知らなくても何とかしな! あの仮面をぶちのめしたいんならね!」
「は!? なにをぶちのめすって……」
「ごちゃごちゃうるさい。お喋りしてる暇はないんだ。口じゃなくて手動かしな!」
最後は言い捨てる形で駆け出していく。
「電導士ってのは現代の魔法使いなんだろ。だったら奇跡の一つぐらい起こしてみせな!」
「っ!」
遠ざかる叫びがコーヤの背中を押す。弾かれたように周囲へ視線を巡らすと、収納ポッドを背に肩を寄せ合いながら眠る姉妹の姿が見えた。
「パティ」
『はい』
少年の呼びかけに応え、電子の妖精が仮想窓から抜け出てくる。彼女はアムとエミリアの周囲を舞うように一巡りすると、力のない声で主に報告した。
「――駄目です。お二人とも、セーフモードに入っていて外側からの通信は完全に遮断しています。ただ、
「直接通信? エミリアさんはまだ生きてるってことか?」
「はい。きっと今は、アムさんと一緒に夢を見ているような状態なのでしょう。どちらかの身体を再起動できれば、連動してもう一人も覚醒する可能性はあります」
「再起動って……」
そしておそらく、掃除屋の二人も再起動の手順など知らないだろう。彼らはアム達を確保さえできればいいわけで、極秘に開発された機体の知識があるとは思えない。ドワーフの女は現状を打破する方法があるようなことを言っていたが、このままでは手詰まりだ。
――だが、それでも。
「まだだ」
少年は諦めなかった。
「マスター?」
「ほかでもない、
「いえ、それは……どうなんでしょう」
「死亡宣告受けた人が後で蘇生した、なんてことよくある話だろ。可能性は低いかもしれないけどゼロじゃないんだ。パティも頼む」
少女の華奢な肩をつかむ。相棒の返事は待たず、コーヤは祈るような気持ちで叫んだ。
「アム、起きろ! 起きてくれっ! ようやくお姉さんと会えたんだ。もっと二人で、いや、みんなで外を見て回ろうぜ! きっと楽しいぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます