火
どーん、という大きな音に叩かれるようにしてリリーメイは目を覚ました。
ずずずず、という地面の揺れが家を揺らし、棚からは塩や香草の瓶が床にゴンゴンと落ちた。
「なに……?」
家を飛び出たリリーメイの目に飛び込んできた光景は、火を吹くドーラフェンヘルスの山だった。
「お山が……‼︎」
ドーラヘンフェルス山は山頂に大きな穴が開き、そこから真っ赤に輝く溶けた岩を吹き出しているようだった。
「リリーメイ!」
「ジャンリュック!」
「大丈夫かよ!」
「あなたこそ!」
「なんだよこれ、なんだよこれ……!」
「分からない。逃げましょう!」
「逃げるってどこへ⁉︎」
「とにかくお山から離れるの!」
「リリーメイ、あれ……あれ見ろ!」
ジャンリュックが山を指す。
山の火口は相変わらず真っ赤に輝く柱のような火焔を吹き上げているが、その先はもうもうとした黒煙に変わり、朝日に白んだ空に溢れたインクのように拡がってリリーメイとジャンリュックの頭上を暗黒に塗り潰してゆく。
「あれ、煙か? 煙にしては様子がおかしくないか?」
ジャンリュックがそう言った直後、その闇の雲から無数の黒い鳥が舞い降りた。距離は遠いが、どうやらヘンドラバーグの街の方を目指して飛んで行くようだ。
リリーメイは目を細めた。
数十数百はいるだろうその鳥の影の形に違和感を覚えたからだ。
あれは……鳥、じゃない?
ヒトの背中に羽根が生えたような……?
翼人の影が街に吸い込まれるように降下すると、街からは火の手が上がった。
「なによこれ……なにが起こってるの?」
「ああっ、う、うわあっ!」
ジャンリュックが悲鳴を上げて尻餅をついた。何事かとその視線の先を追ったリリーメイも息を飲んだ。
火山の火口。
溢れる炎の柱を裂きながら、黒い巨大な腕が天に向かって伸びた。その腕は周囲を探るように少しだけ揺れると、火口の淵を砕くようにして掴んだ。一際大きな地鳴りが、辺りに響き渡った。
その意味を理解した瞬間、リリーメイは駆け出していた。逃げるためではない。
「リリーメイ! どこ行くんだよ⁉︎」
「あなたは逃げなさいジャンリュック!」
「リリーメイ!」
丘へ。
勇者様の剣へ。
行ったからと言って何かが起きるとは限らない。
だが、彼女は他になす術を知らなかった。
魔王が復活したということに対する、なす術を。
***
剣の丘はいつもと全く変わりなかった。
いや、一つだけいつもと違うことがあった。
勇者の剣だったという石の棒が、白い炎を吹き上げていたのだ。
全力で走り、丘を駆け上がって来たリリーメイは、白く燃え盛る石の塊を見つめた。炎は高温で、近づくとその熱で頬は赤らみ、前髪は焦げるような匂いを立てた。
乱れた息もそのままに、燃える石碑の前で立ち尽くすリリーメイの耳を再び地鳴りが打った。
見れば二本目の腕が、火口からまろび出てその山肌に爪を立てている。時間はなかった。
リリーメイは、燃え盛る石の剣をその手に掴んだ。
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