♡Event Halloween,
「──お願い事?」
「はい。これはソフィさんにしか頼めないので──」
ハロウィンの祭を翌週に控えたある日の午後、僕は紫蘭からある願い事をされたのであった。
──事の発端は昼休憩の時間にエーギルがうっかりと蒸し返した僕と彼女の初遭遇時の話にある。
派手にやり合って制圧した彼女を監視させる為、一時的に現界させた黒犬に紫蘭が興味を示したのだ。
「しかしまぁよく覚えていたね、エーギル?」
「ふふふ……あのような真似をされては、忘れるほうが難しいというものですよソフィ様」
「まぁ確かにあんな真似を出来る奴は普通いないし?」
「仮初めの器を与えるでもなく、その者達の代価を以て一時の肉と成す。一体どういう絡繰なのかはわかりませんが……このような催し物にはピッタリですね」
「……どうかなぁ、そもそも仮装じゃないし。
ぶっちゃけ紫蘭はそれでもいいの?」
「実物を見ないとなんとも言えません……というかお二人の出会いがショッキング過ぎて理解が追いつかないんですけど」
「初手が殺し合いだしなぁ……けど先に手を出したのはエーギルだからね?」
「それはわかってますけど」
困り顔で答える紫蘭はやや気まずそうにしている。話の内容が内容だし仕方ないのかもしれないけれど、もう少し軽く流せる様になっていて欲しいものだ。
「けどその、本当にいいんですか?
言っておいてなんですが、パレードなんて大掛かりなこと」
「構わないって。そういう使い方……ハロウィンパレードはしたことがないけど、彼らも反対はしないさ。むしろノリノリじゃないかな?
それで
「えっと……かわいい系?」
「いや、なんで疑問形なのさ」
「あー……えっと、先程の話を聞いた限り本格ホラーしか出てこなさそうで。黒犬とかリアル志向みたいですから」
「お義姉様、ワンちゃんは可愛いですよ?
一緒に見ましょうよ、ほら」
僕から視線をそらした紫蘭をそっと抱き寄せて嬉しそうに笑うエーギル。捕まった紫蘭はほんの一瞬驚いた様子を見せたが、それをエーギルが気にかけることはない。寧ろ逃すまいと更に強く抱きしめたのではなかろうか?
……いや絶対にそうだ。ドサクサに紛れて胸の下から手を当ててるし。
「それじゃ──おいで
エーギルの欲望に対する忠実さに呆れつつ、自身の親指の腹を軽く噛みちぎって血を一滴だけ地面に落とす。
「わふっ!」
──血の雫が落ちた瞬間、地面からぬるりと現れたのは小さな黒犬。ポメラニアンと思わしきそれは、いつかのエーギルが見た物とは別次元の愛らしさでもって二人を出迎えた。
「とまぁ、これならどうかな?」
「わぁ……すごく可愛いですね、ソフィさん!」
もふもふの尻尾をブンブンと振りながら見上げる黒犬を見た紫蘭は大層嬉しそうに黒犬を抱えあげ、その頭を撫でたり顎の下をコショコショとくすぐり始めた。
その光景に微笑ましさを覚えた矢先、取り残されたエーギルから鋭い視線を感じたのである。
「……ソフィ様?
なぜもっとこう、私に仕掛けた時のように威圧的な外見にしなかったのですか」
「……いやほら、可愛い系って紫蘭がいったじゃん?」
「──チッ」
普段の彼女からは想像出来ない表情を見せたかと思えば、思いっきり舌打ちをしてきた。
「やっぱりそういう魂胆だったのか、キミ」
「えぇ、そりゃあもうそういう事しか考えておりませんから」
「こっわ……」
おおかたあの時のような黒犬が呼び出され、その姿に驚いた紫蘭を抱きとめたりする算段だったのだろう。あわよくば紫蘭の泣き顔を見れるし、合法的にスキンシップを取ることができると考えたのだろうが……浅はかというか、欲望に忠実過ぎて子供よりも御粗末な思考回路になっている気がしなくもない。
「この子すっごい可愛いですね、ソフィさん……って、二人共どうしたんですか?」
「なんでもありませんわ、お義姉さま」
「あー、うん。なんでもないから気にしないで」
「……なんか棒読みですね、ソフィさん。
もしかしてこういうことするのは疲れたりするんですか?」
黒犬を抱えたまま紫蘭は心配そうな視線を送ってくるのだが、その後ろにいる彼女が物凄いガンを飛ばしているのだ。正直怖くはないがこの二人の温度差にはクるものがある。
「いや疲れはしないんだけどね……ふふっ」
「……?」
「気にしないで、紫蘭」
「わんっ!」
「ほんっと可愛いなぁ、このこの〜」
「わっふぅ……くぅん……」
怪訝に思った紫蘭が振り返ったのと、ほぼ同時にニッコニコ笑顔に切り替わるのは本当に腹筋に悪い。あの切り替えの速さは一種の才能ではないだろうか?
ただ正直、犬にまでその視線を向けるのはいかがなものかと思う。紫蘭の傍らに立って黒犬にガンをとばすのはやめてあげて欲しい。
「キュウン……」
「あれ、なんか怯えてる?」
「気の所為ですわ、お義姉さま」
「そうかなぁ……」
──とまぁその後は紫蘭とエーギルは勿論の事、村長姉妹にも話をつけてハロウィンパレードを行うことになった。
……皆には伝えていないが、特別なゲストを一人呼ぼうと思っている。ハロウィンの夜にだけ逢える不思議な子供達もきっと退屈しているだろうから、今度は僕から呼んでみよう。
それにこんな時代とはいえ、彼女達はあまりにも過酷な目にあわされている。だからこういう楽しい時間は必要だと思う。それに未だこの地へ残る魂達のこともある。霊界と現世の境が溶け合うこの時期になら、楽しい思い出と共に還る事が出来るだろうから──
──ハロウィン当日。
連日の寒さはどこへやら、ほんのりと暖かさを残す夜に僕は紫蘭たちの部屋を尋ねる。
「ハァイ、こんばんは紫ちゃん」
「ソフィお姉ちゃん、そんな格好でこんな時間にどうしたの?」
「今夜はハロウィンだからね、ちょっとしたコスプレさ。
それと、君に特別なお友達を連れてきたんだ」
僕の後ろに隠れる子の手を取り、そっと紫ちゃんの前に押し出してやる。まぁ、この子達にはいらぬ心配だとは思うが──紫ちゃんはこの子達と上手くやれるだろうか。
「こんばんは!」
「こんばんは、元気のいい
「私はジャックよ。
天使様のような貴方、貴方のお名前を聞かせて頂戴な?」
「私は
紫ちゃんは同年代とのコミュニケーションが無かったと紫蘭から聞いていたが、この調子なら問題はないだろう。既に握手も交わしているし、今にも手を取り合って広場の方へと向かい出しそうだ。
「嬉しいのだわ! 私、同年代の子と遊ぶのは久しぶりなの!」
「ジャックちゃんもなの?」
「あら、紫ちゃんも?」
「うん。私ね、体が弱くってほとんど外に出られなかったの」
「じゃあ今夜はたっっっくさん遊びましょう?
今まで遊べなかった分、居なくなってしまったみんなの分も!
そうしたら、私がちゃんとアチラへ送ってあげられるから」
紫ちゃんは子供達の発言に軽い疑問を覚えたらしく、寸秒の間を挟み僕の方へ視線を移してきた。
「ハロウィンの夜は死者の魂がコチラへ遊びに来る日だからね、君の想像するものとは違うかも知れないけれど──あの子達と遊んで来るだけでいい」
「よくわからないけど、そういうことなのねソフィお姉ちゃん」
「答え合わせはまた今度だ、紫ちゃん。今はジャック達と遊んでおいで」
「ソフィお姉ちゃんも、一緒に行こ?」
「……喜んで」
差し出された手を取り3人で広場へと向かうと、そこには別世界が広がっていたんだ。
「わぁ……!」
「……これは驚いたな」
──広場の様子は一変していた。
破壊し尽くされた町並みはそこになく──レンガ造りの家々が立ち並び、通路の端や家の軒先には飾り彫りのされたカボチャが立ち並ぶ。そんなカボチャと共に飾られるのは笑顔の
曰く、今回はあちらへ招かれるのではなくこちらへ世界の一部を上書きしてもらっているとの事であったが……正直言って想像以上だ。
「今宵は私が呼ばれて、皆に繋がった。初めての事だけれど私とってもワクワクしてるのよ!」
いつの間に移動していてのか、
「お母さん!」
「うわっ……と、と……!」
僕の手を離れ紫蘭の元へ駆けていき思いっきり飛び込む紫ちゃん。多少はよろけるかと思ったが、紫蘭はしっかりとその胸で受け止めきっていた。あれを受け止めれられるのなら、今度僕も飛び込んでみようか?
「元気いっぱいね、紫」
「うん!」
嬉しそうに笑いあう二人を見て、遠い昔の記憶が重なり自然と頬が緩んでしまう。
「その人が貴方のお母さん?」
「そうだよ。強くて綺麗な自慢のお母さんなんだ!」
「うふふ、紫ちゃんはお母さんが大好きなのね!
それはとっても良いことだわ!」
そんな二人のもとで子供達はくるりと一回転。先程のような銀の粒子を残して消えたかと思えば僕の隣に現れた。
「全くどんな手品を使っているんだか……」
「手品じゃないわ、ソフィお姉さん。これは空虚から贈られた何処へでも通じる魔法の鍵なのよ?」
「──それは冗談?」
「うふふ。それは想像におまかせするわ!」
気をつけろ、とは言われていたけれどまさかその手の話とは。リブラはそれを知った上で取り次いでくれたのか?
「難しい顔をしないで、お姉ちゃん。
私は、私達は名前すら失くした子供達の成れの果てだもの。この一夜を愉しむために、遊んでくれた皆のためにこの鍵を振るうわ!
さぁ、私達にあわせて踊りましょう?」
子供達が銀の鍵を振るい、
──これはあの子達と事前に決めていた合図。
この隙に誰の目にもつかないよう隠し短剣で手首を切り、打ち合わせ通りに影を呼び起こすのが僕の役目。肉の器を無くせども、魂だけを寄り添わせて共に生きる者達に──
「──ああ。一時の夢を、共に成そう」
さぁ、ハロウィンの始まりだ────
大鴉に黒犬、黒馬。コウモリ達にも化粧をのせて。
魔女にゾンビに吸血鬼、君たちの望む器を与えよう。
「──さぁみんな!」
「──この夜を」
「──ハロウィンを楽しみましょう!」
明るく元気な口上と共に子供達が銀の鍵を空に向かって突き上げた。それと同時に一筋の光が天に向かって伸びていき、それに射貫かれた空には溢れんばかりの星空が広がっていく。
全ての準備は整って、後は皆で愉しむだけ。
これが一時の夢だとは誰もが知っている。識っているからこそ全力で、夢が覚めるまで子供達と遊ぶのだ。
─────そこから先、笑顔が絶えることはなかった。明るく楽しい夢の時間、それが何時までも続けば良いと子供達は願っていたのだろう。紫蘭たちだってきっとそう。
……けれどそうならないことを、終わりが来るのを皆が知っている。
だからこそ大いに笑い楽しむのだ。儚い夢を何時までも忘れない為に、楽しい時間こそが最も美しい宝だと理解しているから。
流れる曲は千差万別。時に明るく、時に静かに。子供達が気まぐれに流す曲にあわせ、緩急をつけて踊り続けるのだ。
……────そして終わりはやって来た。
星空は白み、星々の煌めきは薄れていく。歌も踊りも熱を失い空へと還っていくのだ。その空気に名残惜しさを覚えながらも皆、動きをやめていた。
万物に永遠はなく必ず終わりがある。終わるからこそ次がある。寂しい終わりがあるから明るく楽しい始まりが訪れる。
だから寂しくない、涙は絶対流さない。
「あぁ、とっても楽しかったのだわ!
こんなに沢山の人と踊ったのは初めて!
愉しい夢をありがとう、私を呼んでくれてありがとう!
いつかまた、楽しい夢を踊りましょうね!」
子供達がとびきりの笑顔を見せて、銀の鍵で宇宙をなぞる。銀の粒子が描いた軌跡は五芒星──継ぎ接ぎの世界を切り分け元ある場所へ繋ぎなおす大魔法。それは虚空に座する外なる知性からの贈り物。
五芒星が放つ眩い光が視界を白く染めた後──広場は元の状態に戻っていて、子供達はどこにもいなくなっていた。
その後に残されていたのは火の灯された小さなランタン。ハロウィンの終わり、
「──ありがとう、ジャック」
僕はランタンを持ち帰り、皆が寝静まった後に教会の暖炉へとその火を移す。
どうかこの先、皆に絶望が訪れぬようにと一人願いながら──
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