♡イベント.七夕
「ティム、何を読んでるの?」
禁猟期の午後、洗い物を済ませてリビングへ向かうと珍しいものを見た。普段本など読まない
「あぁ、紫蘭か。前に君が読んでいたものを読んでいるのだが中々に面白くてな……今は七夕伝説のところを読んでる」
「オリヒメとヒコボシのお話だね」
「頼むからネタバレだけはしないでくれよ」
「ふふっ、わかってるよ。
ティムが読み終わるまでは邪魔しませんから、どうぞごゆっくり」
「ありがとう、助かるよ」
そう言って彼は再び読書へと戻った。
彼が読んでいるあの本だが内容はさして難しいものではなく、児童文学書程度の文章で巧くまとめられている。因みにこちら、識字率の低い亜人種にも文学に触れてほしいと願った双子の姉妹が製本しているらしい。値段は少し張るのだが、七夕伝説や桃太郎物語、人魚姫や美女と野獣に赤頭巾など多種多様な物語を収録したとてもお得な一冊なのである。
また要所要所に描かれた挿絵は、パステルカラーの可愛らしい絵柄で描かれており密かな人気を集めていた。本屋曰く、本よりも挿絵の方が需要が高いとかなんとか。
私もこの絵柄が好きなので何枚か購入し、今では月替りで手製のフォトフレームに入れて飾ってる。今月は七夕伝説の一枚であり、アマノガワの上で二人が手を繋ぐワンシーンだ。
内容については職務をサボる二人も悪いが、あの罰はやりすぎではなかろうかと思わなくもない。あの話が産まれた時代がどうかは知らないが、こんな明日とも知れぬ命の者たちが年に一度しか逢えないというのは厳し過ぎやしないか?
──取り込んだ衣類を折りたたみつつ、居間の壁にかけられたカレンダーへと目を向ける。木製のブロックを組み替えて日付を記録するタイプのそれは、婚姻記念にとティムの両親がくれたものだ。
「……今夜は晴れるといいな」
というのも、本日は夜通し星祭りを行うと村長が言っていた為だ。
魔物の
そんな折、客人として招いた銀髪の姉妹から教わった催し物が定着した結果がこの星祭りなのだと聞く。始めの頃こそ村長一人が熱くなっていたらしいが、年を重ねる毎に村人が感化され今では皆が待ち望むものへなったらしい。
また今年は七夕伝説の劇をやるらしく、つい先日まで織姫と彦星のオーディションなんかを行っていたのである。誰が選ばれたのかは伏せておくが、非常に可愛らしいオリヒメとヒコボシになったことだけは伝えておこう。
──そうしてロマンチックな演劇も終わり子供達が眠りについた頃、私達夫婦は沢で涼を取っていた。ほんのりと祭の熱を残す身体を冷ますにはちょうどよい水温であり、空を見上げれば雲ひとつない満点の星空が広がっている。
「今日は満天の星空……天の川を渡って、ヒコボシとオリヒメの二人もこうしてるのかなぁ」
「あぁ、きっとそうしているだろうさ」
「……どしたのティム、まだ酔ってる?」
「俺は素面だ紫蘭」
「嘘だよ。ティムはそんな乙女浪漫はわからないはずだもん」
「人は変わっていくものだと教えてくれたのは紫蘭だろう?
君の読んでいた書物をなんとか読んで、ようやく解ってきたと思っているのだが……」
「いやいや、変わり過ぎだって〜」
カラカラと笑いながらバシバシと彼の背を叩く彼女。そんな彼女に違和感を覚えたのか、彼は彼女をそっと抱き寄せ顔をじっと見つめていた。
──薄っすらと紅潮した頬、少しばかり蕩け潤んだ瞳。
普段の彼女にはない色気に一瞬ばかし
「……紫蘭、酔ってるな」
「んーん、素面だもん」
一呼吸置いてから伝えたが、甘えた声音で即座に否定されてしまった。これもまた普段の彼女からは想像もつかないものであるらしく、彼の胸は再び高鳴ることとなる。
「あー、その……君が素面で〜だもん、なんて言うはずがない。
一体何をどれだけ飲んだんだ?」
「えっとねぇ……まず葡萄酒を二杯でしょ。シュワシュワしてるあれ、何だっけ……うーん……」
「麦酒のことだな。どれだけ飲んだ?」
「麦酒はね〜、八杯!」
「……飲み過ぎだ、紫蘭」
「ティムよりは飲んでないもん」
「いいや、俺は麦酒五杯だけしか飲んでいないぞ」
「嘘だよぉ、もっと飲んでたでしょー?」
「……はぁ、取り敢えず家に帰るぞ」
「やだ。もっとここで涼む」
「子供じゃないんだから……はぁ」
酔っ払いとはこうも面倒くさいものかと彼は呆れたた様子で一つ溜息を漏らし、未だハイテンションな彼女を強引に背負い家路へとついた。その最中、彼女は送り狼だとか襲われちゃうだとか上機嫌に騒いでいたのは内緒のお話。
まぁ仮に聞こえていたとしても、二人が夫婦であり紫蘭の酒癖の悪さは知られているので大した問題にはならないのだが。
──家に着き未だ酔いの醒めぬ彼女をベッドへ寝かせた彼は、その縁に腰掛けやや面倒臭い絡み方をしてくる彼女の相手をしていた。
「前にも言ったけど、君はあまり飲まないほうが良い」
「なんでよぅ、ティムのケチ」
「後で思い出して後悔したくないなら止めておけ、というだけだよ紫蘭」
「そんなことないもん」
「……いや、君は結婚祝いの祭で盛大にやらかして暫く引き篭もったじゃないか」
「知らないもん、そんなの」
「はぁ……まぁ良い。水を飲んで暫く休んで──っ!?」
水を取りに行こうと立ち上がろうとしたその瞬間、後方から強い力で引かれた彼はそのまま彼女の上に倒れ込んでしまう。
「っ、大丈夫か!?」
「へーきへーき。ねぇティム、まだお話ししようよぉ」
どこかぶつけたりしていないかと本気で焦る彼とは対象的に、彼女は嬉しそうにヘラヘラと笑い甘えていたのである。
「話すのは構わんが、今みたいなことは止めるんだ。
万が一があったらどうするつもりなんだ君は」
「……ごめんね、ティム」
「なんだか調子が狂うな……」
彼女は横になったまま彼の服の裾をきゅっと握り、申し訳無さそうにしていた。それがなんだか非常に子供っぽくて、目の前の彼女は本当に彼女なのかと疑いたくもなる程である。
「まぁ……次からは気をつけるんだよ、紫蘭」
「うん……ごめんね、ティム」
「いいよ、俺も強く言い過ぎた。
それで何の話がしたかったんだい?」
「あのね、オリヒメとヒコボシがロマンチックだよねぇって……そういう話がしたかったの。君が乙女チックな浪漫もわかってきたかもって言ってたから」
「なんとなく、だからあまり期待はしてくれるな」
「期待はしてないけど……君と少しでも同じものを共有できるようになったなーって、嬉しくて」
そういって彼女はふにゃりと緩んだ笑みを見せ、小さく笑うのであった。それは年頃の娘が見せるそれよりも少し幼さが残っていて、普段は決して見せない彼女の本当の姿を垣間見たような気さえしたのである。
「……私ね、オリヒメとヒコボシのお話はロマンチックで好きなんだけど、ああはなりたくないの」
──気恥ずかしそうにふわりと笑うその顔に、ちらりと差した小さな影。
「そうだな、俺も──」
──彼も、同じものを感じているのだろう。
「だからね、私──」
──彼女が漏らした、縋るような、甘い声。
「「──叶うなら、死ぬまで毎日二人がいい」」
──願うことは同じ。
ほぼ同時に紡がれた言葉は見事、完璧な一致を見せた。
示し合わせたわけでもないのに、ほぼ同時に同じ言葉を口にしたのだ。故に二人は暫し、自分だけが独白したのだと思っていた。しかしそうではないと気づいた瞬間、二人は互いに見つめ合いながら揃って忍び笑いを漏らしたのである。
同じ想いを抱いてると、わかったのが嬉しくて。
二人は暫し笑いあった後、互いを抱きしめつつ眠りに落ちた。
──それはほんの些細な願い事。
そんな当たり前を願うなんて、と笑う人もいるかもしれない。
けれども、二人にとってはそれが最も叶えたい願い事。
そんな些細な願いが、叶って当たり前になる日が訪れるのは何時の日か──
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