☆エーギル・ロンド・カルチャロプ




 ──始まりは些細なこと。


「──お義姉ねえさま……?」

 いつかの日、普段とはちょっと違う狩りを行った時の事。最後の一匹を両断したわたくしを、お義姉ねえさまは冷たい目で見ていたのです。

「どうしてそのような目を、私に向けるのですか。なにか、私は良くないことをしてしまったのでしょうか?」

 知らず知らずの内に、私は失敗していたのでしょうか。けれど私にはそれがなんなのか全くわかりません、ただの一つも思い当たるものがないのです。

「……そうだね。貴女は良く働いてくれたけれど、やり過ぎだ」

「やり過ぎ、とは?」

「貴女が最後に殺した相手はまだ幼体だった。それに、感染もしていなかったんだよ──」

 そう言って、お義姉さまはたった今私が殺した相手の瞼をそっと閉じていました。瞼を閉じられたそれはまるで、穏やかに眠っているようにも見えます。何故そのようなことをなさるのか、私には理解ができませんでした。あれは、相手は狩るべき獣だというのに。

「……この子の下半身、まだ消化しきっていないよね」

「はい、まだ飲み込んだばかりですから……」

「──なら、出して。

 そして穴を掘りなさい、この子が埋められる位の」

 お義姉さまは私に背を向けたまま、そう命令してきたのです。いつもの優しい声じゃない、もしかして怒っているのでしょうか?

 仮にそうだとして、お義姉さまは何に対して怒っているのでしょう。私は狩人として、示された獲物を狩っただけですのに。


 ──腑に落ちない、そんな雰囲気を見せつつも彼女は従ってくれた。大鎌で分断した下半身は本当に丸飲みにさせていたらしく、吐き出された肉体は濡れていたけれど比較的綺麗なままである。

 私は手持ちの針と糸を使い、上半身と下半身を出来る限り綺麗に繋ぎ合わせてから埋葬した。

「……お義姉さま、一つお聞かせください」

 黙祷を済ませたタイミングで話しかけてきた彼女は普段よりもしおらしく、その声は微かに震えていた。

「なに、エーギル」

「何故お義姉さまは、埋葬なさったのですか?

 あれは、私達が狩るべき獲物に過ぎない筈です。狩るべき獣でしかないはずなのに……どうして、そのような顔をなさるのですか」

 今の彼女は、叱られたけど叱られた理由のわからない子供だ。そして残念なことに、説明したからといって理解できる話でもない。これは彼女の肉体的な問題が起因しているのだから。

 ──いいや、彼女だけじゃない。

 これは、私達淵の狩人全員が抱える問題なのだ──

「エーギル、貴女が最後に殺したのは幼い子供なの。

 瞳も赤くない、皮膚の色だって正常だった……ただの人の子供。だから私はあの子を埋葬したの」

 だから、強く言えなかった。彼女を直視して、怒ることが出来なかったのだ。偶々エーギルはそうなってしまっただけであって、そうなってしまう事を彼女が望んだわけではない。だからこれは、どうしようもない問題なのだ。


「……ごめんね、エーギル」

 優しい声で、そう呟いたお義姉さまは唐突に私を抱き寄せました。あの寂しくて、憐れむような優しい声音と表情は、何が原因なのでしょうか。それに、人の子供であれば赤い血を流しているはずなのです。なのに何故お義姉さまは、断面から水を吹き出したアレを人の子供だと言うのでしょう。あの独特の臭気を漂わせる異質な水は、私達の狩るべき獣の証だと言うのに。

「……何故お義姉さまも、他の狩人達と同じ事を仰るのですか?」

「エーギル……」

「人であれば赤い血を流します。ですが、あれらは傷口から水を流します……人ではありません。だから、私は狩るのです」

 何故でしょうか。私が話せば話す程に、お義姉さまは悲しそうな顔を浮かべるのです。私はお義姉さまに笑っていて欲しいのに、どうしてこうなってしまうのでしょうか。



 ……こんな事になるのならちぎらせなければよかった。あのまま静かに眠らせてやれば良かったのかも知れない、なんて思ってしまう。

 ──エーギル・ロンド・カルチャロプ。

 彼女が契ったのはふるき海の捕食者であり、それは優れた嗅覚と身体的能力を持ち合わせていた。しかしそれ故か、かの捕食者は色を視る事が出来ない。故に視える全てが白黒であり、わかるのは明るいか暗いか程度だと聞かされた。

 だから、彼女の世界から色を奪ってしまった私が最期まで面倒を見るしかない。どんなに難しくても、エーギルが狩人として一人でも生きられるように育てるしかないのだ。


 ──それがせめてもの償いだと、私は信じている。



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