第8話 Out Of Piece Artifacts_2.



 ただ少しだけ気になった点がある。


 彼女の説明によると、移動というのは移動させたい対象を構成する情報が目標地点の複合粒子セルに移る事だ。つまり、ある時点での移動対象物の複合粒子セル情報配列を目標地点の複合粒子セルへ上書きする行為となる。彼女はそうする事で、目標地点へ移動させたい対象物を再現していると言う。つまり──

「──もしかして、複製も可能……?」

 呟くような私の言葉にリブラの目がほんの少しだけ見開かれ、少しの間を挟んでから彼女が口を開いた。

「……驚きました、理解出来ない事を愛想笑いで誤魔化す程度の知能しか無いと思っていましたのに」

 その通りなのだが、オブラートに包まれる事もなくストレートに言われると流石に堪えるものがある。煽られているのか、単に配慮が出来ないだけなのか解らないけれど今は置いておこう。今脱線してしまうと、奇跡的に理解しかけた内容を忘れてしまいそうだ。


「確かに貴女様の仰る通り複製は可能です。

 そして複製は移動と異なり膨大な対価エネルギーを必要とし、複製対象の構造が複雑な程必要となる対価は増えていきます。なので対価さえクリア出来れば、貴殿方が望むものは何だって複製可能ですよ。

 例えばこのように──」


 パチン、と彼女が指を鳴らす。


 するとなんの前触れもなく、私の目の前にもう一人のリブラが現れた。それは受付に座る彼女と髪型から衣服まで全て同じ、完璧な複製体と見て良いだろう。しかし複製体に動きはない、目を閉じたまま屹立キツリツしている。

「──……凄い、けど」

 椅子から立ち上がり、近くに寄ってみても複製体が動く気配は無い。先程から受付に座っている彼女も作り物のような雰囲気はあるのだが、複製体はより作り物らしい感じがする。生きている感じが薄いというか、命の温もりのようなモノを感じられないのだ。

「それは動きませんよ」

「え?」

「肉体の複製は出来ます。しかし複製対象が生きている限り、その魂は複製することが出来ないんですよ」

 彼女は立ち上がり自身の複製体の手を取る。するとバランスが崩れたのか、複製体は彼女へと撓垂しなだれてしまった。彼女は撓垂しなだれてきたそれを抱き抱え、近くに転移させたであろう椅子へと座らせる。彼女はその後ろへ立つと後ろから手を回し、複製体を優しく抱き締めた。

「魂の構造、それは未だ全容の掴めないブラックボックスなのです。骨も内蔵も血液も脳も、その全てを完璧に複製しても魂が乗らない。それはどの生物でも同じ、残念な事に私のような神工物アーティファクトとて例外ではありませんでした」

 そう告げた声にはほんの少しだけ、憂いのようなものが混じっていた。彼女は複製体から離れると、再び受付へと戻りその口を開き始める。

「──……申し訳ありません、少々本題から離れ過ぎたようです。次は守徒モリトについてお話を致しましょう。

 守徒とは、星守ホシモリを守る為に使わされたモノを指します。星守とはその名の通り星を守る為に産まれたもの達。異界からの侵略者や星の海を渡りしモノ、そういった星に対する脅威へ対抗する切り札です。幾人かは物語として伝わっていると思いますが、どうでしょうか?」

 そういって彼女が差し出してきたのは幾つかの本。記されていたタイトルは“向日葵丘ソレイユの魔王”、“インドラの網”、“深淵アビス乙女メイデン”など村でよく読まれていた物語の数々だった。中でも娘が好きだったのは向日葵丘の魔王という物語で、毎晩のように読み語りをせがまれたものだ。もしも会えたら、魔王のお姉さんとお友だちになりたいなんて言っていたっけ。

 思い出したのはそんな他愛もない記憶。四日前の夜も枕元でこの物語を読んであげたのに、それが遠い昔のように感じてしまったのが悲しかった。差し出された本を崩れないように重ね、彼女へと返す。


「……大崩落フォール・ダウンでこの星が滅びなかったのは彼等が在ったからこそ、しかしその多くは深い傷を負ってしまわれた」

 彼女は返された本を胸にいだき、それらを愛しそうに優しく抱き締めながら話を続ける。

「私達守徒はそんな彼らを守る為に遣わされたモノ達、各地に散った私達は使命に従い彼らを探し続けたのです。放浪の末に見つけた彼等は深い傷を負い、死の淵にあった方々も多く在りました。そしてその全てをお救いすることは叶わず、多くの星守は星へと還っていったのです」

 彼女は俯き気味に、胸に抱いた本をゆっくりと机に重ね表紙を指で優しく撫でる。その顔には憂いと悲しみが混じり合い、ある種の切なさを見せていた。

「──……ですがその全てが失われた訳ではありません、僅かながら遺された星守達が居ます。

 貴女が進む道をたがえない限り、彼等は力となってくれることでしょう」

 彼女は本の表紙から手を離し此方へと向き直る。その顔に悲哀の色はなく、出会った時と同じ柔らかくも無機質な笑みが浮かんでいた。

「──……奇跡を望む貴女様。

 貴女様の望む奇跡は幼き娘の再誕、その代償はこの世界を変える黄昏鍵トワイライト・キーを見つけ出すこと。

 契りを交わしたが最後、取り消すことは出来ません。その使命を果たすまで貴女に安息が訪れることはないでしょう」

 差し出されたのは一枚の紙と筆先が赤く染まった羽ペン。私はそれを受け取り、一呼吸おいてから名前を記した。書き終えたそれを彼女へと手渡すと、彼女はそれを丁寧に丸めてから小ぶりな図筒ズトウに入れて引き出しへとしまい込む。


「……契約は成されました」

 彼女が指を鳴らすと複製体の姿が消え、入れ替わるようにして一人の幼子が現れる。その姿をみた瞬間、私は椅子から立ち上がり幼子を抱きしめていた。

「生き……てる、生きてる……!」

 腕に抱いた幼子からは確かな命の温もりを感じていた。弾力のある柔肌、子供特有の柔かでさらさらとした薄藤色の髪は確かにあの日失った我が子のもの。

「ありがとう、ございます。正直……半信半疑といった所だったから、私……!」

 溢れ出す感情に頭がついていかなくて言葉が途切れ途切れになってしまう。視界は涙でぐちゃぐちゃだし、グズっているせいで声も掠れてしまっていた。

「優しく小さな光と共に、覚めぬ夢へ溺れた者達へ優しい結末おわりをもたらしてくれることを期待しておりますよ、紫蘭様」


 受付に座る彼女が浮かべた柔かな笑み、その裏に隠された真意をこの時の私は知るヨシもなかった。

 この時の私はただ、我が子と再会出来た喜びしか頭になかったのだから。

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