第6話 傷痕

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「──……女神様の導きのあらんことを」

 教会裏手に作った墓標群ぼひょうぐんを前に膝をつき祈る。数分間の黙祷もくとうを捧げた後、膝に着いた土を払い教会の中へと戻った。


「お疲れ様、姉さん」

「メネもお疲れ様……ねぇ、これからどうしようか。みんな、居なくなっちゃったこの村で……どうすればいいのかな」

 姉さんはこの何度目かの葬儀に憔悴しょうすいしている様だった。私達はある目的の為に使わされこの村を管理、運営している。包み隠さず言えばこんな事は何度もあった。その度に村人をかえし、残された次の世代を育ててきた。

 しかし今回は違う、もう私達しか残されていない。あの惨状を見るに紫蘭たちの生存は絶望的。

 1日経って多少心の整理はついたものの、やはり堪えるものはある。ここで立ち止まったり諦めたりしたら、今まで失ってきたすべてが無駄になる。だからここで止めるわけにはいかない、もとより契約を交わした私達には許されていない道なのだから。

「……まだ、やることはあるんだ。ここで立ち止まってちゃいけない」

「その為にまた、こんなことを味わうの?」

 教会内の礼拝堂に設置された長椅子へ腰掛け、両手で顔を覆う姉。そんな姿を見るのは正直辛いし、そんな彼女に何も出来ない己の無力さに居たたまれなくなる。それでも私達がここで折れる訳にはいかない、あの契約が終わるまではこの役割に縛られ続けるしかない。

「……そうだよ姉さん、姉さんも私もその為にいる。だからどんなに辛くてもやらなきゃいけない、ここで立ち止まってるなんて選択肢はないんだ」

「こんな事なら私──」

 姉の言葉を止めるように、私は正面から彼女を抱き締めた。その肩は微かに震えている。

「姉さん、これは私達二人で決めた事だろ。そんな事……言わないでくれよ」

 そう、これは私達二人が選んだ結果だ。今回のように失うのが嫌なら努力するしかない、駄目ならまた努力して失わないようにするだけなのに。

「……ごめんなさい」

「謝るなよ姉さん……辛いのはわかってるし、そんな事を言いたくなるのもわかる」

 私の胸に顔を埋めつつ話す彼女の声は震えていた。

 彼女のように折れそうになるのもわかる、私だって失うのは嫌だったから努力してこの強さを手にした。生半可なものではないと自負していただけに今回の結果は堪えるものがある。それは彼女も同じだろう。あの一撃を防がれてしまった上に、村人を誰一人として守りきれなかった。

「今度は守れるようになろうよ、姉さん……それがせめてもの償いだ」

 私の言葉に頷き、暫くしてからそっと押し返してきた。

「そうね……ごめんメネ、ちょっと独りにさせてもらってもいいかな」

 頬を伝う涙を人差し指で拭う彼女の顔は、見ている此方も辛くなるようなものだった。悲しみ、喪失に彩られた顔は酷く痛々しい。

「……あまり、思い詰めないでくれ姉さん」

「うん、心配してくれてありがとう……」

「たった一人の家族なんだ、当たり前だろ?

 ……村の被害確認と、紫蘭の捜索は私に任せてくれ」

「……ごめんね」

「いいんだ、ゆっくりと心を整理してくれ」

 姉さんの前に膝をつき軽く抱き締める。暫し抱き合った後に、そっと姉から離れ破壊の爪痕が残る村へと戻った。目的は紫蘭の捜索及び被害状況の再確認だ。


 様々な事を思案しつつ村を歩き被害状況を纏めていく。最も被害が激しいのは村の東部、避難所へ向かう途中に存在する家々だった。どうやら魔物は南から侵入し、逃げる住民を追って暴れ続けたようだ。息絶えた魔物の腹を捌き、胃の中を調べると消化途中の村人らしき肉や骨を見つけることができた。そのどれも損壊が激しく個人を特定できる様なものではなくなっている。

 魔物の死体を見つけては解体し、また次を探して解体して……それを繰り返す事38体。

 この作業は流石に疲れた、一息つくくらいは許されるだろう。砕かれあらぬ方向へ水を吹き出し続ける噴水の縁へと腰掛け、ぼんやりと空を仰ぎ見る。暗雲立ち込める鉛色の空にため息をついて、視線を足元に落とすと腕の千切れたぬいぐるみが落ちていた。

 瞬間、頭をよぎるのは昨夜の凄惨な光景。恐怖に彩られた子供達の顔がフラッシュバックした直後、私は腹に収まっていた内容物を吐いてしまっていた。

「はぁ……はぁ……くそっ………!」

 口元を手の甲で乱雑に拭い、胃酸に焼かれた食道の不快感に顔をしかめる。私が思うよりも強く、私は精神的にダメージを負っていたようだ。隣に彼女ねえさんが居なくて良かったと心の底から思う。

 ……こんな姿を見られるわけにはいかないんだから。

 噴水の水を手で掬い口を軽く濯ぎ、気持ちを落ち着けてから改めて紫蘭の家へと向かった。


 ──紫蘭の家は避難所とは正反対の場所にある。


 この村で最も森に近い場所にあたる為、なにかとリスクが多い。その中でも危険なのが森に小型の魔物が住んでいるという点だ。滅多に無い話だがそれらは時折、森のふもとまで降りてくることがある。

 だからあの家は、自警団の駐屯所として使われていた。魔物が来ても、直ぐに対応出来るようにと建てられた村で一番危険な場所だったのだ。

 それを知っている村人達は娘の療養りょうように丁度良いから、などと耳触りの良い言葉でにごし紫蘭へ件の家を勧めた。一応家屋としての形は成しているが、住むには改修と修繕が必要だった。本来は長く住むために作られた物ではないのにも関わらず、村人はそれを勧めたのだ。

 それを私も姉さんも知っているし、紫蘭だって馬鹿じゃない。きっと真意に気づいていた筈なのに、アイツは嫌な顔ひとつせず二つ返事で受け入れた。

 ──そうですね、皆さんお気遣いありがとうございます──

 そんな言葉を述べて、あの家を一人で直しつつ住んでいた。本当に大変だったと思う、病弱な娘を育てつつ仕事をこなして家を直すなんて中々出来ることじゃない。


 昔の事を思い返しつつ彼女の家の前まで来たは良いものの、そこで足が止まってしまった。荒れ果てた彼女の家、昨日もここへ来たのにも関わらず足がすくんでしまう。

 昨日はあまり時間がないからと途中で切り上げたが、正直な所調べ直した所で無駄ではないかと思ってもいる。あれだけの数に襲われたんだ、病弱な娘を連れて生還出来る可能性はほぼゼロに近い。

 それに、この家に転がる夥しい死体の山から彼女らを見つけてしまうのが怖かった。死体を見つけてしまえば彼女らの死を認めざるをえなくなる、生存者はいないと言う事実を認めるしかなくなってしまう。

 色々な思いが頭を巡り、暫くの間私は家の前で立ちすくむ事しか出来なくなっていた。

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