第4話 亡失

 



 松明たいまつにより照らされた広場、そこに広がる光景は凄惨せいさんたるものだった。結果として子供達は死んでおり、自衛じえいのためにと手渡した刃物で自らの胸を貫いて死んでいたのだ。

 仰向あおむけに倒れている者もいれば、幼い弟を抱きながら弟ごと自らを貫いている者もいた。一番近い場所で息絶えている男の子を抱き上げ、冷たくなったその身体を抱き締める。

「怖かったよな、ごめんな……」

 この極限下において、子供達は恐怖から逃げる為に自殺を選んだ。彼らは、彼女らは避難する途中で殺されていく大人達を見たのだろう。そして自分達を守ってくれる存在の居ない中、こんな薄暗い空間に押し込められたのだ。入り口の鉄扉を破られたら、魔物に襲われ死ぬしかない。

 それが怖いから、嫌だからこの子達は自ら死ぬことを選んだ。


 ──自殺を選んでしまった。


 こんな事なら武器なんて渡さなければ良かった。何処に傷を負えば助からないのかなんてもの、教えなければよかった。生きて欲しいと願って教えた事が、与えた知識が幼子達に自殺という手札を与えてしまった。

「メネ………」

 いつの間にか広場の入口には、壁にもたれかるようにして姉さんが立っていた。全てを察したのか、姉さんの顔もまた憔悴しょうすいしきっている。

「姉さん……駄目だった、みんな……」

「……連れて、帰りましょう」



 それから私達は遺体を回収し、出来うる限り村へと連れ帰る事にした。ただの1人だって捨て置くことは出来ない、というよりそんな事をしたくなかった。生き残った私達に出来る事なんてそれくらいしかない、せめて弔ってやらなければ私は私を許せなくなる。

「姉さん、みんなを連れ帰る前に村の安全確認をして来るよ」

「なら私も行くわ、メネ」

「いいよ、私1人で行く。

 姉さんには皆と此所に居て欲しいんだ」

「そんなの嫌よ、村にまだ魔物が残っていたらどうするの?

 貴女まで失う事になったら、私耐えられない……!」

 すがるように抱きついてくる姉さんの言い分もわかる。けれど私は今、1人になりたかった。

 安全確認の為だなんて言ったけど、本当は逃げ出したいだけなんだ。


 ──……一人きりで心を整理したかった。


「……大丈夫だよ、見て戻ってくるだけさ。それに私の足の速さは姉さんも知ってるだろう?

 だから此所にいてくれ、皆と一緒に待っていて欲しい」

「……メネの馬鹿、必ず帰ってきなさいよ」

 泣き出しそうな姉さんをそっと離し、避難所から村へと向かう。去り際に姉さんへ向けた笑顔はちゃんと笑えていただろうか?

 ──ごめん、姉さん。

 あの子達に武器の扱いを教えたのも、致命傷について教えたのも全部私の責任なんだ。それを渋った姉さんの言うとおりにしておけばよかったのに、私が言うとおりにしなかったばっかりにあの子達は自殺した。

 罪から逃げるつもりはない、けれどほんの少しだけ整理する時間が欲しかったんだ。傷付いた心を慰められたくなかった、慰めなんて受けちゃいけないと思ったから。1人の時間が欲しくて私は姉さんから逃げるようにして村へと走った。



 当然だが村は多くの家屋が焼け落ち荒らされ、使い物にならなくなっていた。無論、役場とて例外ではない。子供達と遊び、祭りの夜には朝まで飲み明かした広場も荒れ果てている。

 ただし良いこともあった。防護柵の一部に被害はあったものの教会がほぼ無傷で残っていたのだ、こんな状況にはなってしまったが安心して眠れる場所があるのはありがたい。

 しかし不審な点もある、あれだけいた魔物の姿が一匹もないのだ。あの数が全て避難所の方に殺到していたら、私達も死んでいたに違いない。もしやあの魔人が殺したのかとも思ったが恐らく違う、あいつは凍結させることで命を奪うやり方を選んでいた。つまりアイツに死体を残さず殺すと言うことは不可能だろう。


 ──ならば残りはどこへ?


 細心の注意を払いつつ魔物の足跡を追っていくと、紫蘭の家へと続いているのがわかった。彼女の家へ近付くにつれ、その跡は数を増していく。彼女の家が見える頃には、とんでもない数の足跡が確認できていた。

「……うっ」

 半壊した紫蘭の家は凄まじい有り様だった。壁は砕け、残った部分も殆どが血や臓物に彩られおびただしい数の死体が転がっていたのだ。そしてそれらは原型を留めているものの方が少なく、どれもがむごたらしい死に様をさらしている。

 そこに生の気配は無く、濃密な死の臭いだけが立ち込めていた。鼻腔びくうを突くのは血と脂、引きずり出され溢れた糞や体液の臭い。あまりにも凄惨な現場にすくむ体を奮い立たせ、紫蘭の姿を探す。

 ──しかしいくら探しても二人の死体はなかった。

 もう少し詳しく探したいところだが、姉さんをあまり長いこと待たせるのも良くない。余計な心配ばかりかけることになる。



 それからは避難所へ向けて一直線に駆け抜けたが、やはりその最中に魔物を見かけることはなかった。

 姉さんは避難所の入り口で待っていた。私の姿を見や否や駆け寄ってくると、私の胸のあたりに顔を埋めて力強く抱き締めてくる。

「悪い、姉さん……遅くなった」

「本当……心配したんだから。

 それで、村の様子は?」

「荒れ果てていたけど魔物は居なかった。ただ、教会が無事だったから皆とそこへ帰ろう」

「……そうね、皆で帰りましょう」

 安心させるように暫し姉さんを抱きしめた後、私達は避難所の奥にある物品庫へと向かった。そこから大きめの手押し車を持ち出し、事切れた子供達を乗せ村へと戻る。



「なぁ姉さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「……なに?」

「その、姉さんは……あの魔人と話してただろ?

 なにを話してたのかなって、気になってさ」

「……」

「姉さん?」

「ごめん、それは答えられないの」

「……そんな、どうして」

 無言で突き進む姉さんの後ろを追うように歩いた。それから互いに言葉を交わすことなく私達は教会へ入り、建物内に手押し車を止めて一度地下室へと向かった。そうして地下から厚手の毛布を全て出し、床に敷き詰めてからその上に子供達を寝かせる。

 その間もやはり、姉さんと一言も言葉を交わすことはなかった。

「──メネ、あの事は全部忘れて。

 時が来たら、ちゃんと全部説明してあげるから……今は、なにも聞かないでくれないかな」

 教会から避難所へ向かう最中に突然姉さんは口を開いた。その横顔はどこか覚悟を決めたような嫌な顔をしている。

「……信じて、いいんだよな」

 私の言葉を聞いて寂しそうな横顔のまま俯く姉さんを見て気付かされた、私は今最低の言葉を吐いたのだと。

 実の姉を、どうしてこのタイミングで疑うような発言をしたのだろう。確かに納得はできていないけど、信じるのかどうかは別じゃないか。

「ねぇメネ。

 私が今まで嘘をついたこと、あった?」

「無かったな……うん、なかったよ」

 悪戯っぽく笑ったつもりなんだろうけど、とてもそんな風には見れなかった。あんなにも寂しそうに笑う姉さんを、私は生涯忘れられないだろう。そんな顔をさせてしまった私自身の馬鹿さ加減に嫌気がさした。

 どうして私は姉さんみたいに相手の事を考えて言葉を選べないのか、いつだって思ったことをすぐ口にするから要らぬ誤解を招いたりもしていたじゃないか。

「それじゃ、皆を迎えにいこう……あんまり遅くなったら見つけられなくなっちゃうから」

「それもそうだよな……皆と帰ろう、姉さん」



 再び手押し車と共に避難所へ向かう。道中には魔物に喰われ、身体の一部が欠けたものも沢山あった。原型の無い遺体も多く見つけるのに苦労したけれど、どうにか探して可能な限り拾い集めた。

 そうして方々を歩き回り村人を拾い集めること数時間、概ね回収し終えた遺体はそれなりの量となっている。姉さんと私は、それぞれ手にシャベルを持ち教会の裏手にある野原へ穴を掘り始めた。


「……クソっ!」

 知らず知らずのうちに余計な力が入ってしまったのだろうか、シャベルは柄の中程から折れて地面に突き刺さっていた。

「きゃっ!」

「──ぁ……ご、ごめん!」

 折れたそれを半ば自棄糞気味に蹴り飛ばした結果、離れていた姉さんに当たってしまったのだ。シャベルは肩に当たったらしく、蹲る彼女は右肩を抑えていた。

「……そうやって、物にあたるのはやめてって言ったじゃない」

「あ、ぅ……ご、ごめ──」

 振り向きもせずに言われた言葉は正しい、物にあたるのはよくないと何度も注意されてきた。それは治さなきゃって、ずっと思ってたのにいつも大事なところでやらかしてしまう。

「そうやって感情を吐き出したいのは、私だって同じなんだから……貴女だけじゃないのよ」

「──っ……ごめん、本当……ごめん」

 立ち上がった姉さんは一度もこちらへ振り返ることなく作業を再開した。本当に、私は何をしているんだろう。姉さんだって辛いのに、感情任せに馬鹿なことをして姉さんを傷つけた。 


「ごめん、姉さん」

「……いいよ、もう。慣れっこだから」

 納屋から新しいシャベルを持ち出し、もう一度謝っても姉さんは私に一瞥すらくれなかった。そうして静まり返った村には土を掘る音だけが響き渡る。日は傾き、地平線の向こうへその姿を隠す頃になって漸く村人全員を埋葬する為の穴を掘り終えることができた。

「せめて身を清める所までは済ませるからね」

「……わかったよ、姉さん」

 教会に寝かせた遺体みんなの衣服を脱がせ、身体に付着した汚れを出来る限り落としていった。一人一人を優しく、丁寧ていねいに布で拭いてから香油こうゆを染み込ませた布でくるんでいく。損壊の激しい者や欠片しか遺されていないものは水で洗い流してから、同じように香油を染み込ませた布で包んでおく。

 心身ともに疲弊ひへいしている私達でなくとも辛い作業にかわりない。姉さんもすすり泣きながら一人一人、丁寧に清めている。



 そうして回収できた六十七名の村人を清め終わり、姉さんと共に外へ出ると身を刺すような冷たい風が全身を撫でた。その風は何時もより、身に染みるようだった。

 傍らの姉さんが、不意に私へと寄りかかってきたのだ。姉さんの震える体はこの寒さによるものか、それとも別のなにかだろうか。理由の想像はできるが、いつだって真意を知ることは出来ない。

「ねぇメネ……明日は埋葬が済んだら花を手向けようと思うんだけど、どうかな」

「いいと思う……あそこの花畑は殆ど荒らされてなかったしさ、そこの花を手向けようよ」

「そうね、あれなら皆も喜ぶわ」

 無理やり作られた姉さんの笑顔は見ている此方が辛くなるようなものだった。本人は心配かけまい、不安にさせまいと頑張っているのだろう。言葉として伝えられない分、それが余計痛々しく見えてしまう。

「──姉さん。

 今日はもう休もう、お互いボロボロだ」

「……そうね、ほんとボロボロ」

 傍らの姉さんは俯き、自身の服の袖を強く握りしめていた。何度か魔物に攻め入られた事はあったけど、毎回なんとかしてきた。怪我人は居たが死人は出ずに済んでいたのに、今回は沢山死なせてしまった。子供一人すら救えなかったのは、これが初めてだったんだ。

「どうすりゃ良かったんだろうな」

「わからないわ、そんなこと。

 何時だって私達は終わった後に悔やむことしか出来ない、だけど進むしかないのよ」

「止まるつもりはないよ、ただ……ごめん姉さん、忘れてくれ」

「選んだのは私達なのよメネ、これは私達の罪……それだけは忘れないで」



 姉さんと別れ教会に併設された小屋へ向かう。小屋の中のランタンに火を灯して中を点検したが、こちらも損傷なく水道も無事だった。

 この小屋は簡易的な風呂場としての役割もある。室内奥にある、あまり大きくない鉄製の風呂釜に水を溜め火傷防止用のすのこを沈める。それから一度小屋を出て薪をくべて湯を沸かしていると、膨らんだ麻袋を手にした姉さんが来た。

「役場に干し肉と乾燥果実ドライフルーツが残っていたわ。

 ちょっと栄養バランスは悪いけど、今晩はこれにしましょう」

「良いじゃないか。

 けど風呂に入ってから食べよう、汗やらなんやらで気持ちが悪い」

 姉さんも私もお互い酷い有り様だった。お互いによく生き残れたものだと思う。私のモンク・ローブなんか腹に穴が開いてるし、姉さんのローブも細かな傷だらけになってしまっている。

「それじゃあ姉さんは先に入っていてくれ」

「え、いいの? 」

「良いんだ、湯加減も聞いておきたいからな」

「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」

 余談だが私達姉妹は少し肌が弱く、熱い湯に浸かるとあっという間に赤くで上がってしまうのだ。なので少しだけ温めにしておくようにしている。

 先に入った姉に湯加減を訪ね、丁度良い塩梅あんばいにしたところで私も入浴を済ませる。程好く温まった体はうっすらと桜のような赤みを帯びており、上気した顔には生気が戻っていた。髪の水気をよく拭き、それから食事にする。

「……ねぇ、メネ。

 紫蘭ちゃんと、ゆかりちゃんは見付けられた?」

「いや、なかったよ。あいつの家にも行ったけど……あったのは無数の魔物の死体だけだった」

「ふたりは、生きてるのかな──」

 ほぐした干し肉を皿に戻し、視線を落とす彼女の顔は悲痛なものだった。

「けど二人の遺体が見つかってない……派手に争った痕跡こんせきはあったんだが、転がっていたのは魔物の死体だけなんだよ」

「……明日、詳しく調べてみましょうか」

「そう、だな……」


 乾燥林檎リンゴを噛りながら考える。紫蘭は一年前にこの村へ流れ着いた余所者よそものだ。病弱な娘をつれた齢二十程のやつれた女、耳のあたりからねじれるようにして生えた角が特徴的な子だった。

 様々な種族の暮らすこの世界において角の生えている種族は珍しくない、けれど彼女の角はどの種族にも当てはまらなかった。白磁はくじのような肌によどんだ血のような捻れ角、雪のような白髪に淡い紫の瞳。どの国にも居ない種族、見慣れぬ存在。古い神話に記された破滅をもたらした者と同じ瞳をもつ彼女を、村人は酷く恐れた。終いには神話に記された悪魔ディスティヒァなどと呼び、迫害するものすら居たのだ。

「姉さんはさ、なんで紫蘭達を受け入れたんだ?」

 ランタンに燃料油を注ぎながら尋ねる。正直なところ、私も最初は反対していた。記録にない種族、かびの生えた神話にある悪魔と合致する特徴。


 ──あまり言いたくはないが不安要素の塊でしかなかったんだ。


「……あの子が親だからよ」

「親、だから?」

 意外な答えに私は思わず聞き返してしまった。そんな私の様子を見つつ、干し肉を解しながら姉が答える。

「そう、あの子は立派な親よ……だけどね、本音を言うと受け入れるのは怖かったよ。だけどあの子……自分の事よりも娘を助けてくれって終始訴えてたの、メネも覚えてるでしょ?

 だから私は受け入れようって思ったの」

 皿に盛られた乾燥果実を一つ摘まみ上げ見つめる。姉が手にしたのは乾燥林檎、それに向ける視線はどこか懐かしい物へ向けるような優しいものだった。

「姉さん……私は疑問に思うんだ……紫蘭とゆかりちゃんが、本当に血の繋がった親子なのかって」

「……たしかに、そこは疑問よ。ゆかりちゃんには角がなかった。けどまだ六歳かそこらなのよ?

 もしかしたら後天的に生えてくる種族かもしれないし」

 最後の干し肉を頬張りながら答える。

「そりゃあまぁ、そうだけどさ」

「これはあまり突き詰めるべき話じゃないわ、今はその時じゃない。私達にはまだ情報が足りてない」

「わかったよ、そう言うことにしておこう」




 手にしたグラスをあおり飲み干す。空いたグラスに酒を注ごうとしたその手を止められた、止めたのは勿論姉さんだ。その顔にはやんわりとした笑みが浮かんでいるが、目元は笑っていない。

「ところでメネ、それで貴女何杯目?

 程々にしないと明日に響くわよ」

「うっ……いや、ほら……その……」

「まったく、すぐにこれなんだから……ほーら、今日はおしまい」

 そう言うと姉さんは私の手からグラスを取り、酒瓶をもって行ってしまう。本当はもう少し飲みたいのだが、これ以上飲むと本気で叱られかねない。食卓に残る食器をかたしてから、就寝の準備に取りかかった。

「昼前には起きなさいよ、メネ」

「わかってるよ、大丈夫だって。ちゃんと日の出と共に起きるさ」

「怪しいなぁ」

「信用してくれよ姉さん……」

 ランタンの灯りを落とし目を瞑る。アルコールが効いてきたのか、程好い眠気に誘われるまま私は意識を手放した。

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