Chapter,0. Infernalis.

第1話 C,Born.






 ここから語られる物語は凄惨の一言に尽きる。



 この物語の主人公は私だ。

 私は大量虐殺の主犯として裁かれ、幼い娘は私の血縁だという理由で裁かれた。


 ──私が裁かれたのは、まぁ別にいい。


 罪に罰を、善行に称賛を。

 信賞必罰の理は確かに存在していたけど、私の知る世界には適応されていなかった。その理不尽さに私は絶望し、同じ過ちを繰り返した。


 一度目は若さゆえの盲目から。

 二度目は身を焼く怨嗟えんさから。


 一度目はまだ敵が見えていなかった。目前のもやを晴らすために暴れたようなものだから、なんとか納得も出来てしまったのだ。

 問題は二度目、あの時は駄目だった。

 本当の元凶は殺せない、そう理解した上で私は皆を殺した。殺せない相手を殺そうとしてもがいて惨めに死に果てた。




 そんな私は海辺にある小さな村で産まれた。

 超大型の生物を狩る事以外は到って普通の、なんの変哲もない村のね。

 狩人の父と村の外から来た母の間に産まれた一人の女児が私だ。私達の村は女も男も狩人として鍛えられる。そうでもしないと、狩人の数が足りなくなるのだ。

 超大型生物を狩るのはとても大変な事、故に死傷者は絶えない。勿論私も沢山の傷を負ったし、同年代の子もそうだった。命があるだけでも幸せ、成人前の子供がそう思えるほどに死は身近にあったんだ。


 狩りに出なくたって、人拐いにあったり病に倒れることがある。だから片親の子供なんてざらにいたよ、両親がいる家庭の方が珍しいと言えるくらいにはね。


 ──けど、私の家は他の子達とは少し事情が異なった。


 原因はお母さんにあるのだけど、私は今でも納得していない。私のお父さんが死んでから、私達は酷い虐めを受けるようになった。俗に言う、村八分という奴だ。

 理由は母が外から来た人間であり、狩人ではないから。

 ただそれだけの理由で、お母さんは虐めを受けるようになった。私の事を忌み子だと言う者達も居たけれど、狩人として働いていたから母程酷い扱いを受けることはなかった。

 ……それでも居心地は悪かったよ。

 同年代の友人達は腫れ物を扱うようになったし、狩りを教えてくれた親戚の叔父さんも私から少しずつ距離を取るようになったんだもの。

 けどそれは仕方ないと押さえ込めた、彼等にも事情があるんだと我慢できた。


 だけどたった一つだけ、我慢できないものはあったんだ。

 よく笑う母さんが、全く笑わなくなった。

 これだけは我慢ができなくて、なんとかお母さんが笑えるように色々な事をやってみた。だけど全て無意味、母さんが以前のように笑うことはなかった。

 けれど誰も責められない、攻める相手が私にはわからなかった。私そんなに頭の良い方ではなかったから、私かお母さんの悪口を言う奴は見つけ次第捩じ伏せてやったんだ。

 幸い私は、体格に恵まれていたから殆どの奴に勝つことが出来た。お父さんから習った技術を村の皆へ向けるのは少しだけ胸が痛んだけど、極力それを無視して嫌な奴を黙らせ続けたよ。

 私への虐めは日を追う毎に減っていったけど、お母さんへの虐めは無くならなかった。むしろ増えていったんじゃないかな。気づけば母さんは、一日中家に篭るようになってしまった。

 そして私を見る度、申し訳なさそうな痛々しい笑顔とも呼べない笑顔で“私のせいで、ごめんね”とだけ呟くだけになってしまった。

 私がどんな言葉をかけても自分を責めるだけになった母さんを見るのが辛くて、私は少しずつ家を空ける時間が伸びていった。


 ──それも良くなかったんだと思う、お母さんを独りにするべきじゃなかった。狩りを続けるのではなく、出来るだけ側にいるべきだったのだ。

 なのにそうしなかった、向き合わずに逃げることを選択した。だからあの日の出来事は、そんな私への罰だったんだろう──




 ある日、狩りを終えて家に帰ると母が居なかった。家にある唯一の机、その上に残されていたのは一枚の手紙と白銀の首飾り。



“(私の名前)へ。


 黙って出ていってごめんね、本当は面と向かって別れるべきだったんだろうけど……お母さん弱虫だから、こんな手紙一枚しか残せなかった。


 こんな弱虫だから、(私の名前)に迷惑かけちゃったんだよね。(私の名前)は強いのに、お母さんのせいでごめん。お母さん、本当は別れたくないよ。けど、お母さんのせいで(私の名前)にこれ以上苦労させたくない。


 だから、さようなら。


 貴女が幸せだったら、お母さんはそれでいいの。

 だからお母さんの事は忘れて、貴女は貴女の幸せを掴んでちょうだい。


 それがお母さんのお願い。

 たった一つの、最後のお願いよ(私の名前)”



 手紙を読み終えるのと、家を飛び出したのはどっちが先だったかわからない。私は狩り装束のまま、母さんが行きそうな場所へと手当たり次第に向かった。

 だけど何処にも母さんは居なくて、その痕跡や手懸かりすらも見つけられない。焦燥感だけが募り、思考能力を奪っていく。日も落ちて、真上に月が登るまで私は方々を駆け回っていたよ。

 けど、これだけ探してもお母さんを見つけられなかった。もう何処へ向かえばいいのかわからない、後悔しても遅いのだとわかった途端に動けなくなった。

 ──私は、お母さんの為になにもしなかった。

 狩りを続けて私の価値を示したって、救われるのは私だけだ。お母さんが救われないと気付いていたのに、私は私を欺き続けた。


 ──その結果がこのざまだ。


 だからこれは私の罪だと自分に言い聞かせて生き続けた。そうして自責と共に過ごす日々の中、私はもう一つ見て見ぬふりをしていたものがあったらしい。


 私が目を背け続けた闇は、成人の儀式で牙を剥いたのだ。




 ──私達狩人は十六歳で成人を迎える。


 そして成人を迎えた狩人は、より強大な敵を狩るために一つの奇跡を授かる。

 奇跡を授かる儀式は海岸にある洞窟で行われるんだ。暗く湿った洞窟の最奥には巨大な空間が存在しており、その空間の中心には円状の足場がある。その足場は祭壇と呼ばれる直径3m程の石、その周囲は海水で満たされており水底は見えない程に深い。

 岸から祭壇までは橋を渡さないと上がれない仕組みになっていて、儀式は1人ずつ祭壇にて行われる。

 手順はそう複雑ではない。祭壇へと一人で向かい、その中央に置かれた剣を手にする。そして祝詞を唱え、村長に教え込まれた舞を披露するだけ。



 ──ただそれだけ。



 なのに死ぬ奴が居た。




 足を滑らせるでもなく、吸い込まれるように入水した。


 けど誰も助けない。


 助けられない速さで海へ消えるから。



 舞う最中に、自ら首を切る者さえ居た。


 儀礼用の刃を潰された物にも関わらず。


 煌めき、銀の軌跡が走り鮮血と共に転がり落ちた頭。



 奇声をあげて、まるで何かを振り払うかのように暴れる子も居た。


 暴れるだけ暴れて、終いには糸の切れた人形のように倒れ伏す。


 既に息はなく、その顔は恐怖と苦痛に彩られていた。



 だから、私の番になる頃には祭壇は赤く染められていた。神聖な場所なのに、それとは対極に位置する物で祭壇は染められていた。


 ──けど、不思議と恐くはなかった。


 足を滑らせて海の藻屑になるのも。


 自ら首を落とすのも。


 発狂するのも。


 全部どうだってよかった。


 変わり果てたお母さんを見つけたあの日から、私は生きているのか死んでいるのかよくわからなくなっていた。

 見知った顔の死体が転がっていたとて思うことはなく、ただ“血で足をとられないようにしないといけないな”程度のことしか思えなかった。

 少しの本音を言うとすれば、こんな出来損ないに私達は虐められていたのかという妙な悟りを覚えていた。それと少しだけ“ざまぁみろ”と思っていたような気もするし、私達を虐めた報いだと内心ほくそ笑んでいたのを覚えてる。

 まぁ、それでも嫌な気持ちはあった。人を憎むのは駄目だという母の教えに背いてしまったという罪悪感を覚えていたから。

 そんなだから祭壇が処刑場にも思えたのかもしれない。お母さんの遺品であるネックレスを握りながら祭壇へと赴き、無造作に転がったままの儀礼剣を手に取り祝詞を唱える。


「──Thig bhon mhuir dhomhainn agus a 'marbhadh nàimhdean.」


 これで後は舞うだけ。ただそれだったのに────





 気が付けば、私は村の中心に居た。





 ぼんやりとした意識を濃密な血の臭いが覚醒させる。

 月明かりに照らされたのは、深紅の血化粧を施された残骸。見慣れた村の姿は何処にもなくて、ただ破壊し尽くされた残骸だけが横たわっていた。



「……なに、これ」



 ぺたり。



 右手で触れた頬には滑りのある感触、恐る恐る確認した手は真っ赤に染まりきっていた。


 ──直感的に理解できてしまった──


 この惨状を産み出したのが自分だと言うことを。左手に握られた儀礼剣が、臓物と屍の海にただ一人立つ私を元凶だと告げている。

 間欠泉にも等しい勢いで沸き出た感情と思考は、容赦なく覚醒したばかりの意識を叩きのめした。膝を着くのが先だったか、胃の中身を吐き出したのが先なのかはわからない。兎も角私はその場に崩れ落ち、沸き立つそれらを吐き出すように吐き続けた。

 ひとしきり吐き終えて、惨状を目にして再び吐いた。

 それを繰り返すこと数度、痙攣し続ける胃の痛みを堪えながらなんとか立ち上がり生き残りが居ないか必死になって探したよ。


 ……だけどそんなものはなかった。


 瓦礫、首無し死体、砕けた水瓶、千切れた右腕、散らばった干しかけの魚、あり得ない方向に折れ曲がった手足、ぶちまけられた脳漿────遺されていたのはこれでもかと言う破壊の爪痕、散らされた命の残骸。



 死に果てた命の海。



 その最中に立つのは私と不定形の影。



 揺らめく紫煙の影は私の周囲を泳ぐようにして漂い、なんの前触れもなく溶けるようにして消えた。直後、耳の辺りにとてつもない激痛を感じたんだ。痛みを抑えようと当てた手に感じたのは捻れうねった角の感触、近くにあった硝子片に写った姿を見て驚いた。

 悪魔を想わせる角が耳の辺りから生えていたのだから、信じられなくて馬鹿みたいにペタペタ触っていた気がする。



 そこから暫くの記憶が曖昧で──何処へ向かったのかはわからない。生きる意思なんてなかったけど、身体はそれを許さなかった。獣を狩り命を繋ぎながら旅を続けた先で私は一人の男と恋仲になって子を産んだ。

 多分、幸せな家庭と言うものを手にしたんだろう。


 ──……けれど私はその幸せから逃げた 。


 瞳の色に因んでゆかりと名付けた女の子の生誕を、何時までも私は喜べずに居た。

 ふとした時に、頬を涙が伝ったのを覚えている。娘を産んでからというもの、なにもやる気が起きない日々が続いてね。

元から安定しない情緒が激しく乱高下する日々が二年くらい続いたんだ。それでも夫は愚痴ひとつ漏らさず育児と家事をしてくれていた。なのにだよ、ろくに世話をしない私に紫は時折甘えてきたりしたんだ。

 それはきっと嬉しいことなのだけど、私にとっては目障りでしかなかった。

 けど怒鳴ったり暴力を振るうことはしない。

 その代わりに遊んでやることも昔話を聞かせてやることもしなかった。

 ……徹底的になにもしなかった。

 私が寝ると、勝手に背をくっ付けて踞る様に寝たりするこの小さな命を、私はどうしたいのだろうと悩んだよ。

 時折、寝ている紫を無意識に撫でたりしてはいたのだから私は紫に対して愛情のような何かを持っていたのだとは思う。けど、私がこの子に触れるのは紫を汚している様で好きになれなかったのも事実だ。

 無意識に紫を撫でて、それを自覚して嫌悪感を感じていたんだよ。どうしようもないやるせなさが胸を埋め尽くしていったのは忘れられないね。


 ──それはいつか嫌な部分に目がいって、お母さんのように距離をおいて失うのが怖かったから。だから、何も成長していなかった私はまた逃げた。



 夫と出会う前と同じように獣を狩り、命を繋ぐだけの逃避行。その先で出会ったのは、私が滅ぼした村の生き残り。あの日偶然狩りに出ていたという幸運の持ち主は、しつこく私に村の顛末を尋ねてきた。


 ──私は彼に事の顛末を包み隠さず伝えたよ。


 そうしたらすぐに捕らえられたんだ。捕らえられて連れていかれたのは、ヴァナガンと呼ばれる法治国家。


 そこで私は裁かれた。

 罪状は村人の虐殺。


 あれよあれよという間に極刑を下され、期日まで私は処刑台に繋がれた。もうこれで逃げることも出来ない──

 繋がれてから何日目かの夜に、私を捕らえた同郷の彼がやって来た。名をミァン、狩人でありながら外の世界と関わり学者でもあった特異な奴。

「……なぁ、(私の名前)」

「何の用だよ、ミァン」

 出歩く人も居ない深夜にミァンは繋がれた私の側へと座り込むと、暫くの間を挟んで口を開く。

「お前、法廷でどうしてなにも言わなかった?」

「言っても、理解されないだろう。私達が狩っていた存在だって、こいつらは見えてない」

 問いに対して、私は吐き捨てるように返してしまった。こいつに当たった所でなんにもならないのはわかっていたけど、内でくすぶるやるせなさには抗えなかったのだ。

「──だとしても、言って欲しかったよ。あの儀式について俺なりに調べたんだが、あれは真っ当なものじゃない。俺らが奇跡と呼び与えられた物は……なんと言えばいいんだろうな」

「ミァンらしくない、歯切れが悪いじゃないか」

「俺だってわからないものはあるさ。ただこれだけは言える、あの日の儀式は失敗することが決められていたんだよ」

 儀式を失敗させる、失敗前提の儀式なんて聞いたことがなかった。一瞬だけこいつの正気を疑ったが、ミァンがなんの根拠もなく発言するとは思えない。

「……どういうことだ?」

「詳しくは言えない、ただな(私の名前)。あの事件は起こるべくして起きたものであり、お前に罪はない」

 低いトーンで返された言葉、彼は深い溜め息をついた後に俯きその顔を隠してしまった。

「……なら、どうして私を捕らえた」

「俺達は、俺たちの村は罪を重ね続けた。無礼を重ねあまつさえ騙し続けたのだから、その報いはいつか来るものだと理解していた──」

 彼は俯いたまま話を続け一瞬の間を挟んだ。

「──繰り返すが、お前には罪がない。けれど俺はお前を許せない。お前は俺の妻を殺した……俺の子を殺した。 はっきり言ってお前を殺してやりたいほどに憎んでいる。

 ……だが今はとんでもない事をしたと後悔しているんだ。もし、お前にもしも子供がいるのなら……俺はその子に恨まれる。それが怖い、怖いんだよ(私の名前)」

「もう過ぎた事だ……それに、もし私の娘がお前を恨む事になっても……多分殺しはしないよ。もし出会うことがあれば……そうだな、私が何をしたのか正しく教えてやってくれ………………それとミァン、頼みがある」

「……なんだ」

「私はなにも言わずに出てきた。だから多分……旦那は私を探してる。だから、あいつの所へ手紙を届けて欲しい……けど今すぐじゃない、私の処刑が済んでからお願いしたいんだ」

「わかった。何処へ届ければいい?」

「……聖堂街、そこにいる旦那へ……アルビオという名前の奴だ。そいつに届けてくれればいい。そして、すまないと伝えてくれ」

「──娘には、なにかないのか?」

「……いい。あいつに、ゆかりに私は不要だ。こんな化物が母になるべきじゃない……狩人なんて知らず、好きなように生きて欲しいんだよ」

「そうか……」

 この時私はミァンを責めるつもりはなかった、ミァンのせいで娘を失うとは思っていなかったから。


 ──処刑日当日の光景は今でもしっかりと覚えている。


 衆目観衆の見上げる先にあるのは処刑場、今から私が向かう先には二人の男が立っている。

 一人は白の法衣に身を包んだ老人。もう一人は黒頭巾を被った巨躯の男。黒頭巾の手には斬首用のものと思わしき両手剣が握られていた。


 私は護送用の馬車にいる。

 両手を鎖で繋がれた私の目前には鉄鎧に身を包んだミァンが座っており、その顔には緊張とは異なる色が見てとれた。

「……なぁお前、ちょっと聞いて良いか」

「どうした?」

「どうして馬車がもう一台あるんだ。今日は、私だけじゃなかったのか?」

「……あぁ、子供が処刑される」

「子供が……?」

「──聖堂街からつれてきた、お前の子だ」

「……は?」

 突拍子もない突然の告白により一瞬で頭が真っ白なった。訳がわからなくて、彼に手錠を外されたことにさえ反応ができなくなっていた。

「──個人の死にたいした意味はない。大局的にみればそうだが、遺された側からみれば違う。因果もなにもなく殺されたとしたら意味が生まれる。遺された側は胸に復讐心を抱き、生きていくんだよ! どんなに辛くても、苦しくてもやっていける……失ったのとは違う人、違うもので補いながらやっていけるんだ。

 けど、だけど…………! 俺はそれができなかった……これが間違っているとわかっているけど、けど………わかってくれとは言わないから、好きにさせてくれ──そうじゃなきゃ、俺は生きられなかった」


 叫ぶような告白。

 胸のうちを晒けきったミァンは静かに涙を流していた。そして、腰に帯びた剣を俯いたまま私に差し出してくる。

「俺を、殺せ」

 私が剣に手をかけた瞬間、ミァンは言った。

「そして娘を助けろ、まだ間に合うかもしれない」

 馬車の外から飛び込んで来た群衆の叫びで、ようやく私は我に帰ることが出来た。私は剣を奪い去り、その柄で思いっきりミァンの頭を殴り倒し馬車から飛び出した。

「──なっ、罪人が逃げたぞ!」

 馬車の脇にいた兵士が叫び、それに気付いた民衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。逃げ惑う群衆の隙間から、一人の兵士が娘を連れて処刑台へと向かうのが見えた。

「ゆかり、ゆかり……!」

 娘の名を叫びながら駆けるが、その行く手を兵士達に阻まれてしまう。

「止まれ罪人が、まだ罪を重ね──」

「──どけぇっ! 」

 ミァンから奪った剣を振るい、目前の兵士を鎧ごと断ち斬る。鎧ごと断たれるというあり得ない光景を目に、兵士達は一瞬立ち止まる。その間をすり抜けるようにして駆け抜けるも再び兵士達が立ち塞がった。

「大人しくしろ、罪人が!」

「なら娘を離せ! あいつはまだ、まだなにもしちゃいないだろうが!!」

「黙れ! 貴様のような罪人の子だ、何れは同じ事をするだろう!」

「ふざけるな、そんな理由で……そんな下らない理由でお前らは人を殺すのか?!」


 そんなの間違ってる、こんなのは間違ってる。

 まだ罪を犯していない存在に罰を与えることが許されるのなら、地上に生きるすべての人間が裁かれるべきだ!

 村の外から来ただけ、狩りが出来ないだけで差別するようなあいつらも裁かれるべきだ!

 記憶の底に押し込めていた記憶と共に、沸き上がったのは純粋な憎悪。身を焼き付くさんばかりの怒りと嘆きが濁流となって、最後に残っていた理性を飲み込んだような気がした。ごちゃ混ぜになった憎悪と悲嘆と憤怒が叫びとなって喉を駆け抜け──




 バシャッ────




 しかし、私が吐いたのは絶叫ではなく血だった。

 胸に広がる灼熱感、肌を濡らしていく赤い液体。それと共に、身体からは力が抜けていく。娘を連れていた兵士の手には小型の銃が握られており、その銃口からは一筋の白煙が伸びていた。


 ……どうやら、私は撃たれたらしい。


 私が膝を着くのと同時に、兵士達が殺到し私を拘束した。 再び手錠をかけられ無理やり立たされ、処刑場の方を向かされる。


 処刑台へ繋がる階段を一段一段上っていく娘。


 処刑台に繋がれる娘。


 目隠しのせいで娘の表情はわからない。


 次第に大きくなる歓声。


 処刑人が剣を抜く。


 処刑人が構え、小さな首めがけて鉄の刃を振り下ろす。



 ───すとん。



 呆気なく、娘の首は落ちた。



 それこそ椿の華が落ちるように、呆気なく。


 切られた首が地面に落ち、首から吹き出した真紅の血液が処刑台を濡らしていく。

 首級しるしを掲げる武人のように、処刑人が娘の小さな首を拾い上げ、何かを叫んでいる。

 耳に入る群衆の声は酷く遠く、折り重なって響く雑音にしか聞こえない。再び沸き上がる歓声がやけに遠く、耳障りな雑音に聞こえる。

 

 娘は殺された、永遠に失われた。


 そして私も──


 コイツらに──


 この腐った世界に、殺されるのか。






 ──ふざけるな、誰が殺されてやるものか。




 許さない、この場に居る誰1人として許してやるものか。 ふらつく足を気合いで押し留め、手錠を引きちぎって近くの兵士から剣を奪う。

 「まずはお前が死ね!

 貴様らから殺してやる、死んでしまえ!」

 憎悪を吐き出すようにして剣を振るい、一人の兵士を両断する。胸を撃たれている筈なのに、傷から流れる血は止まらないのに身体は良く動いてくれた。怒りがそのまま活力になったかのようで、これならいくらでも殺せそうだ。

 怒りで我を忘れていたのかもしれない。だから、いつの日にか見た紫煙が沸き立っていても気にならなかった。


 剣を振るえば、20人位はまとめて裂けた。

 なにも考えず、斬って捨てて縦横無尽に駆け抜ける。


 死ね──等しく死んでしまえ!


 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね──!



 怒りと怨嗟、沸き立つ感情に歯止めがかかる事はなかった。気づけば私は処刑台の頂上にいて、目の前には青ざめた表情の兵士が尻餅をついて倒れている。

 耳障りな声は今もなお鳴り止まず、私の頭に鳴り響いている。だからこいつが何を言っているのかなんてわからない。

 後退りながら手をふって首をふって、あぁ……なんだ、つまらない命乞いか。


 ……誰が救ってやるものか。


 剣を握り直し、構える。


 ──後は、こいつだけだ。


「ヒッ……や、やギャ……」

 残った力全てを乗せ、脳天目掛けて剣を振り下ろすと頭はスイカのように砕け、その内容物をぶちまけた。

「は……ははっ、はははははは……!」

 仇討ちは終わった、終わったと言うのに内から溢れたどす黒い感情は消えなかった。本当の元凶は死んでない、殺せてないからか?

「──は、はは……」

 でもわかってる。本当の元凶は殺せないなんてこと、昔からわかってたんだよ。殺せない相手を殺そうとするほど馬鹿なことはない、全て無駄な事だ。

 私も、ミァンと、同じ。

 足元に転がっていた娘の首を拾い抱え上げ、誰もいなくなった処刑台の頂上に腰かける。


 ──眼下に広がるのは無数の折り重なった死体と赤く染めあげられた地面。噎せるような鉄の臭いと乱雑に断たれた肉の置物オブジェクト、生き物の気配はとんと無くまさに地獄絵図だ。

 責任から逃げて怒りに身を任せ私が造り出した地獄、早くお前もこの骸の一つに墜ちろと呼ばれている気がする。

 ──ここが終着になるのも納得だ。

 逃げた先にあるのは地獄のみ、一時の甘い誘惑に負けて踏み外した道の先に天国や楽園があるわけなかったんだよ。

 お前は、私のようになるなよ──








 

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