第38話 東雲氷菓は謝る

 そうして陽の考えたゲーム大会とやらはお開きとなり、星佳も陽も、もってきたゲームを片付けると「また明日ね」と手を振って帰っていた。


「ふぁあ……疲れた……」


 俺は居間のソファーに倒れこむと、だらーっとうつ伏せに横たわる。

 この血が止まっていく感じが何とも言えない。


 だらーっと腕も下に垂らす。

 重力だけで下がっていると思うと、何だか気持ちが良いのだ。


 風呂も上がり、火照ったからだがソファの冷たさにひんやりと冷やされる。

 けれど、さっきまでの激しい戦いは、まだ身体――というか精神に疲れを残していた。


「嵐の様だった……」


 氷菓と陽だって学校が注目する二大美少女だ。その二人と幼馴染であるという俺はめちゃくちゃ美味しいポジションなんだろう。


 そこに、まさか星佳まで加わるとは。


 明日にでも全校生徒から刺されてもおかしくないことをしている。


 あの俺の部屋に、さっきまで美少女が三人もいた。

 あの部屋には今なお女の子特有の甘い香りが漂っていて、座って居た場所のぬくもりはまだある。


 なんだかそれは信じられない光景だった。


 それにしても、驚いたのは氷菓だ。

 前はあんなに氷の女だったってのに、さっきのあの悶えよう。


 陽が言ったように、氷菓はどうやら俺と星佳が二人だけの世界に入ってしまうのが寂しかったようだ。


 確かに、折角氷菓とまた幼馴染として距離が縮まったんだ。そんなことでまた氷の女に(まあ現在進行形で氷なのには変わらないんだけど、それよりももっと酷い)戻ってしまうなんて悲しすぎる。


 あれだけ腹を割って話したんだ、そう簡単に手放してやるものか。


 まあとはいえ、最後に星佳と氷菓が仲良くゲームを教えてもらうとか言ってたし、上手くいったって事でいいのかな。


 陽には感謝だな、強引だったけどこんな機会を設けてくれて。

 俺だけだったら絶対二人とこじれてたぜ……。伊達にコミュ障はやってねえ。


 ともかく、また平穏な日常が戻ってきそうで何よりだ。


「あれ、みんな帰っちゃったの?」


 瑠香が寝間着を着て、お茶をぐいぐいと飲みながらそう尋ねる。


「ゲーム終わったからなあ、星佳が強すぎた」

「星佳って――あの新しい可愛い子か。彼女にはなりそう?」


 呑気な声でそう言う瑠香に俺は思わずむせ返る。


「げほげほ!!」

「ええ、大丈夫? お兄ちゃん」


 そういって瑠香は自分の飲んでいたお茶を差し出す。

 俺はそれを受け取ると、ゴクゴクと飲み込む。


「ぷはぁ……ありがと」

「ふふ、いいってこと。その反応はまさか、本当に彼女に――」

「星佳はそういうのじゃねえーよ。ゲーム仲間だって言ったろ?」

「出会い厨――」

「ちげえって!」


 俺のツッコミに、瑠香はニヤニヤと笑みを浮かべながら謝る。


「でも、なんでこんなお兄ちゃんの周りに美少女が集まるんだろうね」

「俺が聞きてえよ」

「……私のおかげかな」

「なんでだよ」

「何となく?」

「あのなあ……」


 瑠香は俺の横に座ると、テレビを付けながらもう一口お茶をごくりと飲む。


「まあ、お兄ちゃんはしばらく彼女出来なくてもいいよ」

「はあ? なんでだよ」

「出来る訳ないもん」

「わ、わかんないでしょうが。諦めたら云云かんぬん」

「……というより、ちょっと寂しいというか……」

「ん?」

「なんでもない! 速く部屋戻りな! 馬鹿お兄ちゃん!」


 そう言って瑠香に追い出されるように俺は自分の部屋に戻るのだった。

 くう、この家にも俺の居場所はないというのか……。


◇ ◇ ◇


 まだ女の子の香りが残る部屋に戻り、俺は少しドギマギしながら中に入る。


 使われたままの俺が持っていたゲームや、座ってくしゃっと歪んだベッド。


 窓から風が吹き込み、既に暗くなった部屋は涼しい。


「ここ、そういや氷菓が座ってたっけ」


 ベッドのゆがみを見ながら、あの光景を思い出す。


 俺はその歪みを治す手をピタリと止める。


 絶対これまだ暖かいよな……。

 触っていいのか……? なんか間接的に触ってるような気がしてドキドキするとうか……。間接キスにも似た何か変な感情が湧いてくるんだが……。


 俺は焦って周りを見回す。

 何かここに触れるのを見られるのはまずいような気がする……! 変態だと思われそう!!


 で、でも治さなきゃいけないし? つーか俺の部屋だし? どこ触ってもよくね?


 と、いつのまにやら俺の脳内では謎の会議が繰り広げられ、こんなベッドのシーツの一か所でドキドキしながら手を伸ばす。


 直すだけ、直すだけ――。


「変態、何そんな興奮した顔で私が座って居た場所触ろうとしてるのよ」

「!!??」


 俺は慌ててその場から飛びのくと、声のする方を向く。


 窓の向こう、氷菓の部屋だった。


「な、何もしてませんよ!?」

「あんたねえ……まさか私達のコップにも――」

「してない! 断じてしてないから!!」

「ふーん……」


 氷菓は少し冷たい視線で、じとーっと俺を見る。

 断じてしてないからな!


「……まあいいわ。信じてあげる」


 その言葉に、俺はほっと胸をなでおろす。


「ど、どうしたんだよ」

「どうもなにも……た、たまたま窓開けたらあんたが目に入っただけよ」

「そ、そうか……」


 何とも気まずい空気。


「えっと、わ、悪かったわね」

「えぇ!?」


 おれはまさか氷菓から謝罪の言葉が出ると思わず、思いっきり声を上げる。


「な、なんでそんな叫ぶのよ!?」

「あ、ご、ごめん。夢かと……」

「私だって少し悪かったと思ってるのよ! 星佳ちゃんはそもそもあんたのゲーム仲間だし……ちょっと大人げなかったなって」


 珍しく少ししょげている氷菓が、なんだか可愛く見えた。


「……まあゲーム教えてもらう約束したんだろ?」

「うん」

「ならいいじゃん。氷菓もゲーム上手くなってさ、また一緒にやろうぜ」

「そうね。でも次はあの子に負けないわよ。どんな罰ゲームしてやろうかしら」


 邪悪な顔で、氷菓は笑う。


「自分が負けることも考えておいた方がいいですよ~……」

「私は勝つ! 勝つと言ったら勝つ!」

「そうっすか」

「見てなさいよ!」


 そう言って氷菓は息巻く。負けず嫌いだなあ、まったく。


「……とにかく、今日はありがとね」

「陽に言ってやれ」

「そうする」


 そして、一通り言いたいことを言い終わったのか、氷菓はしゃーっとカーテンを閉める。


「じゃあ……また明日」

「おう、また明日な」


 こうして、怒涛の一日は終わったのだった。

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