最終話 東雲氷菓はツンデレになった

「いってくるわ……」


 ふぁあと欠伸をかきながら、俺は誰も居ない家に家を出る挨拶をする。


 瑠香は早朝から学校に用があるようで、早々に家を出た。

 まったく、平日の朝から用事とかブラック企業も真っ青だ。


 青春というオブラートに包めば、学生にとってはそれも思い出という形で美化される訳だ。


 ――などと、相変わらずひねくれた事を思いながら俺は家を出る。


 すると、ブブっと俺のスマホが震える。


「何だ? こんな朝から……」


 とスマホを取り出してみると、ゲームのチャットにメッセージが来たようだった。

 そこには「お昼からレイドやろう!」と、星佳からいつものようなメッセージ。


 それに思わず俺は顔をにやけさせる。

 少し前まではもっと仰々しい奴だったのに、今ではあの顔が思い浮かぶ。


「何朝からにやけてるのよ」

「ひ、氷菓!?」


 俺は慌ててスマホをポケットに戻すと、あからさまに挙動不審に身体を震わせる。


「朝から溜息出るような行動しないでよね、まったく」

「は、はあ、すいやせんね……」


 と俺は反射的に謝ってしまう。

 これが長年染み付いた俺と氷菓の関係性という訳だ。


 もし付き合ったとしたら、俺は絶対に尻に敷かれる自信がある。


 ――って、何で付き合う前提なんだよ!


 俺はブンブンと頭を振る。

 その様子を見ていた氷菓が、「…………私今は何も言ってないんですけど……」と呆れた表情で言う。


「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」

「あっそ」


 ぷいと氷菓はすぐさま前を向く。

 そして、横に置いていた自転車にまたがるとぐるっと反転する。


 そうだ、自転車なのにわざわざこっちを向いていたのは、もしかして俺が一緒のタイミングじゃないかと確認するためだったとか?


 などと勝手に想像し、俺はないないとため息交じりに首を振る。


 すると、リンリン! と甲高い音が鳴る。

 氷菓の自転車のベルだ。


「おい、朝から鳴らすよそんなの」

「……じゃなくて。行くんでしょ、早くしてよ」

「え、いや――」

「早く自転車取って来てよ。遅刻したくないんだけど」

「! ――へいへい、悪かったよ。ちょっと待ってくれ」


 俺は悪態をつきながら、自転車を取り出してくる。

 おい! 前まで一人でいくから! とか言ってたくせにどういう風の吹きまわしだよ!


 ――何て茶化す言葉が頭に浮かぶが、俺はそれを口にはしなかった。


 俺だって分かる。今までの俺達の関係からすれば、その言葉は結構言いづらいはずなんだ。今はただ、俺は何でもない風に付き合うだけだ。


 俺たちは横に並ぶと、自転車を漕ぎだす。

 二人で走る通学路は、心なしかいつもとは違って見える。だらだらと漕ぐこの坂も、思ったより悪くないかもとか思ったり。


「……そういえばよ」


 俺は少しだけ前を行く氷菓に声をかける。


「なに?」

「放課後、陽が遊びてーって言ってたぞ」

「なにそれ、なんであんたが私に言う訳?」

「しらねーよ! お前も誘ってくれって言われたんだから!」


 俺は悪くないよね!?


「そう、まったく、油断も隙も無い……」

「え?」

「こっちの話! とにかく、わかったわよ、私も行くわ。どこか知らないけど、付き合ってやろうじゃない」


 氷菓はそう語気を荒げる。

 一体何と戦ってるんだこいつは。


「あーあと」

「まだなにかあるの?」

「昼に星佳がクラウドナイツのレイドやろうって言ってんだけど、お前も来るか? 結構素材美味いぜ?」

「…………」


 数秒の沈黙の後、氷菓から大きめのため息が聞こえる。

 なんだ、漕ぐのに疲れたのか?


「こんなのの何がいいんだか」


 ぼそっと氷菓が呟く。


「おい! どういう意味だよ!?」

「そのままの意味よ! こんな陰キャ、いいもんじゃないってのに」

「やっぱり悪口ですよねそれ」

「……私が最初だっての」

「え?」


 そういって、氷菓はお尻を上げると、グンと立ちこぎで加速する。


「まったく、女好きの幼馴染を持つと苦労するわ!」

「あ、おい!」


 俺もそのスピードに合わせる。


 確かに、氷菓から幼馴染という言葉を聞いた。そうだ、俺達は幼馴染なんだ。

 たとえこれからどんな風に周りの人間関係が変わったとしても、俺達の関係は変わらない。


 ――いや、多少は変わるかもな。


「な、何笑ってんのよ!? お、幼馴染は幼馴染でしょ!?」

 

 少し焦る氷菓に、俺は思わず微笑ましい気持ちになる。

 からかいがあるというか、少し前までは考えられない変化だ。


「また関係が変わるかもしれないぜ?」

「いや、どう……――!?」


 俺の言葉に、氷菓は顔を赤くする。

 どう受け取ったかは知らないが、何か想像してしまったようだ。


 この先どう変わるかわからないんだ。

 今はただ、このせっかく取り戻した幼馴染という関係を大切にしよう。


「な、何よ……」

「いや、ツンデレも悪くないなって」

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