第32話 東雲氷菓はドン引きする

「やめだやめだ。これ以上はなんか虚しいわ」


 俺は鏡に向かって独り言のように呟くと、ため息を吐く。


 つーかそもそも何で俺が氷菓の男関係を気にせにゃならんのだ。あいつの好きにさせればいい。今までだって、無の数年間だってあいつは好き勝手やってたはずだ。詳しくは知らねえけど。


 なんとなく自分の中の変な独占欲みたいなものが滲み出ていた気がして、俺は激しく後悔する。


 何やってんだ俺……。ただの幼馴染で。

 まぁ確かに、あいつが――流星がいい奴かどうか気になったのは事実だ。美少女と名高い氷菓達だとわかると接触してきたり、氷菓も満更じゃなかったり。


 だが、あの様子はどう見ても氷菓がノリノリで誘っている。流星もチャラ男じゃなくてどちらかと言うとなよっとした感じだし、俺の心配は杞憂で終わったのだ。喜ばしいこと……のはずだが。


 なんだか振り上げた拳のやり場を失ったような虚無感と、突きつけられる氷菓のことを"気にしすぎ"だった現実。


 俺はもう一度大きくため息をつくと鏡を見直す。俺もそんなブサイクじゃねえ……よな? 中の上はある。きっとそのはず。あぁもう、だから何だってんだ。


 俺は洗面台からグッと力を入れ離れると、出口へ向かって歩き出す。


 さっさと帰ろう。クラウドナイツが待っている。

 

 もう余計な詮索はやめだ。無駄に心が腐ってく。余計な心配して損したぜまったく。


 ――と、俺がちょうどトイレを出た瞬間。


 ふわっといい匂いが漂い、目の前を綺麗な長い黒髪が弧を描き俺の鼻先を掠める。


 そして、あっと言う声。


「い……伊織……?」

「あー……あぁ?」


 何でこんなタイミングで会っちゃうのおおお!!!


 さっきまで何もなかったじゃん! ちゃんとみてたじゃん! 何で帰るタイミングで遭遇しちまうんだよ! 俺の馬鹿! 気が緩みすぎだ!


 い、言い訳を……早く言い訳を……。


 俺の心臓の鼓動が高鳴る。

 うるさいほど耳に響く。


 氷菓の顔が驚きから、徐々に怪訝な顔にシフトしていき、そして俺の暗めの格好を見て何かを把握したのか、ドン引きした顔を形作る。


「あ、あんた……」

「いや、ちが――」

「まさか――」

「ちがう!! マジ違うから! 流星がどんな奴か心配で張り込んでたとかじゃねえから!」

「自分で言ってんじゃん……」


 あっ……俺の馬鹿……。


「え、マジ? …………きも」

「弁解させてくれあああ!!!!」


◇ ◇ ◇



 俺は洗いざらいことの経緯を話す。

 流星のこと、氷菓が心配だったこと、朝からつけてたこと……。


 それを聞いている氷菓の顔は、ずっと険しいままだった。


 そして、俺が流星は悪い男に違いないと思っていた件に差し掛かったところで。


「ぶふっ!! ……くっ……くく」

「な、何笑ってんだよ! こっちは真剣に心配してんだよ!」

「ご、ごめん……そ、そうだね……真剣に……ふふ」


 笑いが堪えられないと言った様子で、評価はお腹を押さえ体をくの字にして震える。


 何だこいつマジで!

 確かにキモいとか言われるのはしかたないにしても、笑うことはねえだろうが!!


 仮にも心配してやってきてんだぞ!! まぁ一方的だけど!!!


「んだよ! くそっ、もう帰る!」

「まあまあ、見ていけばいいじゃない」


 そう言って、氷菓は離れようとする俺の袖を強引に引っ張る。


「何をだよ、もうお前らで仲良くやってろ!」

「笑って悪かったって。ほら、今ちょうどそこにいるから」


 そう指を刺したのは、とあるアパレルショップ。店員は全員美人な女の人で、服も全てがカラフル。明らかに女の子向けのショップだ。


「こんなとこに流星置いてきたのか?! 遠目で見ても大人しそうな感じだったじゃねえか!」

「だからよ、まったく。ほら、入った入った」

「だからってなんだよ!?」


 そう言って氷菓は俺の言葉をいいからいいからと帳消しにしつつ、背中を押して強引に中へと押し込む。


「ちょっ、おまっ……」


 微笑ましそうな顔でこちらを見る店員さんに異常な恥ずかしさを覚え、俺は少し顔を赤くして抵抗が弱まる。


 何なのマジこの子。俺に何させたいわけ?! 羞恥プレイですか?!


「今更衣室にいるから」

「はぁ?! おまえ、流星に女装させてんのかよ! いくら大人しいからってそれは――」

「いいから! ――ほら、出てきて! 見せてよ」


「うぅ……」


 弱々しい声が、カーテンの奥から聞こえてくる。

 完全に恥ずかしがっている。そりゃそうだ。誰だって女装させられて人前に出されたら恥ずかしいに決まってる。鬼かこの女!!


「お、おい、嫌がってるじゃねえか!」

「いいから、絶対似合うから」

「似合うってお前……」


 よほど可愛い顔なのか?

 こいつ、そう言う男がタイプだったのか……。


 とその時。

 カーテンがゆっくりと開く。


 ふりふりしたスカートが風で靡き、恥ずかしそうに腕をクロスして少し胸元が緩い部分を隠そうとしている。


 細い腕に細い足。

 遠目で見たように、身長も全然小さい。


 ピンクの髪に、涙目の目、そして恥ずかしそうに赤く染まる頬。


 それはまるで、可愛い服を着なれていない少女のように可憐で……可憐――かれ……。


「――――はっ?」

「じゃーん!! 流星こと、流星佳ながれほしかちゃんです!」

「恥ずかしいよこんな格好、氷菓ちゃん……ってえ?! だ、誰!? 何で男の人が?!」

「逆に何で女の子が!?」


 俺は完全に混乱していた。

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