第33話 流星佳は呼ばれたい

「この子が流星? はあ? いやいや……いや……」


 俺は思わず変な笑いが漏れる。

 僅かに口角を上げ、訳も分からず笑っている。


「ひいい……! だ、誰か知らないけど凄い笑われてる! 僕やっぱり似合わないんだあああ!」


 そう言い、流星だという少女は目を涙目にして慌てて更衣室へと駆け戻って行く。


 僕? 僕って言ったか? は、はは、やっぱり可愛い系男子か!? そうだよな!?


 と、俺は声も出せず氷菓を見る。

 しかし、氷菓は呆れたようにハァっと声を漏らす。


「あんたねえ……せっかく星佳ちゃんが可愛い服着て出てきたのに……。もっと言う事ない訳?」

「い、言う事って……頭が混乱してパニック状態なんだが!?」

「見りゃわかるじゃない。女の子なのよ、星佳ちゃん――流星は」

「いや、でも……」


 あの流星が……女の子……?

 俺とずっと一緒に遊んでくれていたネットのゲーム友達で、チャットでよく一緒に話してた。口調も男っぽくて、ゲームもうまくて……それが女の子……?


「ちょ、まてまてまて……だって、流星は……」

「はあ……。ねえ星佳ちゃん!」


 氷菓がそう呼ぶと、試着室のカーテンから顔だけをひょっこりと出す。


 少し自信なさげで、今にも泣きそうな表情。

 だがしかし、肌が色白くきめ細やか。磨けば光りそうな少し地味目の少女。


「な、何氷菓ちゃん……」

「この人」


 そういい、氷菓はぐいっと俺の首に腕を回すと、俺の顔を突き出す。


「えっと……この人が……?」

「わからない?」

「えっと――あっ、そ、そう言えば!」


 そう言い、流星と言い張る少女は驚いた顔をする。


「保健室で……会ったかも」

「保健室……?」


 保健室で会った? なんだ、どういうことだ? 急に保健室って――とその時、つい先日の出来事を思い出す。


 俺が氷菓が保健室でサボってゲームをしていると思って突撃した時に、ベッドに居たのは氷菓ではなく違う女の子だったことを。


「もしかして…………あの時ベッドにいた……」


 そうだ、そういえばあの日氷菓から流星と会うって話を聞いたんだ。

 もしあの場に居たのが流星だったら、つじつまが合う。あの時、保健室で実際に氷菓は流星と会って、遊びに行く約束をしたのだ。


「えっと……あの時はすいません叫んじゃって……」

「あ……いや……いいんだけど。えっと……流星……?」

「は、はい! いや、あのえっと……あれ、なんで私のプレイヤー名を……」


 すると、氷菓が言う。


「こいつがあのブラッ……くっ……くく……」


 と、氷菓は笑いをこらえるようにして身体を小刻みに震わせる。

 こいつ、まじでぶっ飛ばす。


「ブラ?」

「ブラ…………黒騎士ブラックナイトだよ……」

「えっ!?」


 すると、流星はぎょっとしたような顔で俺の方を向く。


「クロ……!?」


 クロとは。ゲーム内で流星が俺の名前を呼ぶときに使う呼び方だ。この呼び方を知っているのは流星本人しかいない。ということは――


「やっぱり……君が……」

「…………」

「……‥…」


 お互い見つめ合い、沈黙が流れる。

 何を話していいか分からない。ゲームのフレンドとして長年遊んできたと言われればそれまでだが、通話をしたこともなく俺達のコミュニケーションはゲームプレイとチャットだった。


 直接会ってみたら、男じゃなくて女の子。

 しかも、ゲーム内の寡黙で効率厨な硬派な雰囲気などなく、小動物系のか弱い女の子だ。何なら俺は柔道部とかの筋肉隆々なガタイの良い男を想像していたくらいだ。


 あまりのギャップに、何も言えなくなるのも無理ないだろ? ――というか、女の子と話すこと自体俺にはハードル高いから!! 氷菓と陽みたいな幼馴染とは違うんだよ!


 と、俺達のもじもじした雰囲気に苛立ちを覚えたのか、氷菓が割って入る。


「はいはい! もう、お見合いか! カフェで話しましょ」


◇ ◇ ◇


「どうも…………な、流星佳ながれほしか……です」

「えっと……真島伊織です」


 なんだこの状況は……。

 カフェで氷菓と流星――流が正面に二人で並んで座り、俺の方を見ている。


「あーっと……Ryusei……?」

「そ、そうだよ」

「お、女の子……だよな?」

「えーっと……黙っててごめん……」


 流は目深に帽子を被り、目線を下げる。

 さっき試着していた服は戻され、元のボーイッシュな格好に戻っている。


「いや! いやいや……謝る必要はないっていうか……勝手に男だと思ってたのは俺の方だし……」

「…………」

「別に……女の子だからって困ることとかねえし……?」


 そうだ、だってもう二回目だぞ。

 陽だって男だと思ってたんだ、Ryuseiが女の子だったからって今更ねえ?


 ……いや、嘘です。

 陽とはまた違う。

 なんせRyuseiはほんとに昨日だってチャットで仲良く話してたんだ。しばらく会わなかった陽とは話が違う。


「ほ、本当?」


 流はうるうるとした瞳でこちらを見上げてくる。


 うわ、なにそれ辞めて。きゅんとしちゃうから。弱々しい姿を俺に見せるな!

 何この気持ち……男友達に可愛さを見出すようななんか背徳的な気持ちが湧き上がってくるんですけど!?


「まあまあ、二人ともゲーム仲間なんだし、星佳ちゃんは同じ学校なんだから仲良くしようよ!」

「な、流はいいのか?」

「も、もちろん! その、今上手く話せないのは……ちょっと私……話すのが苦手というか……男の子が苦手というか……というか、き、緊張みたいな……」


 なるほど。だからゲーム内でも男っぽい口調で話してたのか。女の子女の子してると群がってくる男っているしな。ゲームは純粋にゲームを楽しみたい連中だけじゃなく、出会い厨なんてのもいるのだ。


「でも、ゲームの中だけど……クロはすごい接しやすくて……女の子だってばれたら話してくれなくなるかと……」

「そ、そんなことねえよ! 別に変らねえよ、うん」

「本当?」

「もちろん!」

「よかったね星佳ちゃん!」

「う、うん!」


 流の表情が一気に明るくなる。

 その時改めて、流星が女の子だと再認識した。


「うんうん、後輩だし、ゲーム仲間がリアルに増えたのは嬉しいよねえ」

「は、はい! じゃ、じゃああの……星佳」

「え?」


 流は顔を上げ、俺の方を見て言う。


「流とか……流星じゃなくて……ほ、星佳って呼んで欲しいなって……」


 一瞬の沈黙。そして、氷菓が叫ぶ。


「ちょっ、えっ、星佳ちゃん!?!? え!?」


 氷菓は焦った様子で慌てだす。

 なんだ急に……。


「ゲ、ゲーム仲間としてリアルでも仲良くしたいとかそういうのだよね!?」

「え? そ、そうだけど……そうじゃないともいうか……」

「いきなり名前で呼ばせていいの!? こんな変態に!?」

「お前なあ……」

「も、もちろん! クロならだ、大歓迎だよ! 私の唯一話せる男友達だし……」


 そう言って、流――星佳は頬を赤らめ照れながら帽子を深くかぶる。


「むしろ折角受け入れてもらえたから……呼んで欲しいというか…………」


 照れたようにもじもじとする流。

 氷菓が、唖然とした表情で俺の方を見る。


 何だその顔は。


「……ま、まあじゃあ……星佳で」

「はあ!? 調子乗らないでよ伊織!」

「よ、よかった! よろしくね……クロ――じゃなくて、伊織君……!」

「お、おう!」 


 こうして、俺に新たなリア友が出来たのだった。

 昔から付き合いのある、不思議な関係性の。


 

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