第31話 真島伊織は張り込む

 初めに断っておこう。これは、犯罪ではない。

 そりゃ知らない人とか、一、二回見かけた程度だったらそうかもしれないが、俺と奴は知った仲なのだ。というか、たまたま近くにいるだけだ。決して犯罪ではない。


 いくら俺が全身黒尽くめで、帽子を目深に被り、木の隙間から噴水の周りに座る氷菓をじーーっと凝視しているからと言って、通報なんてしないで欲しい。いや、まじで。


 これには深いわけがあるのだ。


 さっきから俺の後頭部に突き刺さる子供の視線と親の視線が痛いが、気にしている場合じゃない。今のご時世どんな些細なことでも通報されるが、あの人知り合いなんです!!


 こんなことをしなきゃいけない理由があるのです。なんていったって……氷菓の……氷菓の貞操が掛かっているのだ!!


 そう、あの保健室の帰りに氷菓が流星と遊びに行くといったのはまさに今日なのだ。


 男と遊びに行くというのに悪びれもせずに普通にあいつは今日だよと言い切りやがった。いや、別に俺に罪悪感を感じて欲しいとかそういう意味じゃない。そもそも俺とあいつはただの幼馴染でそんな関係ではない。


 でもさあ、ほら、幼馴染に一言くらいさ、あっても良くない? いやまあ実際あったし、普通に平常心でいられてるわけなんだけど……。ただ、心配なのだ。騙されちゃいねえか、せっかく前の様に話せるようになったのに、悪い男に騙されるとかなんか釈然としねえ。


 出も別に俺の氷菓が俺のなんだとかそう言う訳ではなく、つまり俺はただの幼馴染で――――――いや、これ以上は思考の海に呑まれそうだ。よそうよそう。考えるな。


 ――それよりも! 今は目の前の事態だ。

 流星とは俺の方が付き合いが長い。あいつのことはよく知ってる。オンラインでだけど。


 だがまさか、あいつが氷菓を……一応美少女で通っているあいつを誘うとは、完全にナンパ野郎じゃねえか!! それに手が早すぎる!!


 そう、俺は友達を救いたいのだ。

 氷菓と。そして犯罪に手を染めようとしている流星を!!


 ――と、俺の脳内であーだこーだと言い合いが続いてしばらくたち、いい加減少しの後悔と面倒くささが襲ってきて、これなら家でゴロゴロしてた方が良かったのではと思った頃。そいつは現れた。


 明らかにおしゃれをした氷菓の前に、帽子を目深に被った奴が1人。とことこと氷菓に歩み寄っていく。


 だがしかし、俺の想像とは少し違っていた。

 金髪で背が高くてチャラチャラしたのを想像したのだが、この遠目から見る限り、どちらかというとなよっとした草食系のような雰囲気が漂っている。髪色もここからじゃ見辛いがピンクとか赤とか、派手っちゃ派手だが、少し背中を丸めておどおどした様子がどうにもチャラ男とは思えない。


 それに、初対面のくせに馴れ馴れしい氷菓とは違い、どうやら流星は少しビクビクしているように見える。


 これはまさか……。

 俺の脳裏に嫌な予感がよぎる。


 これ…………逆に氷菓が誘ってね?!?!?!


 俺の体に衝撃が突き抜ける。そんなまさか……氷菓のやつが……まさかのヤリ――。


 とそこで俺は自分の頬を叩く。そうと決まったわけじゃねえ! 男女にも友情はある!! 見極めてやるよ!!


 そうして、俺は2人の後をつけ始めたのだった。


◇ ◇ ◇


 二人は何やら懐かしの映画館で足を止め、ポスターを眺めながらうんうん唸っている。


「……くそ、この距離じゃ何言ってるか何も聞こえねえな……」


 だが、これ以上近づけば確実にバレる。伊達に幼馴染じゃねえ。少しの変装くらい近いとバレちまうだろう。我慢してこの距離で様子を見るしかない。


 二人は楽しそうに笑い合うと、スクリーンへと消えていく。


 ……時間潰すか。


 俺はそのまま近くの椅子に座り、クラウドナイツを立ち上げて映画が終わるのを待つ。その間、俺は何やってるんだと言う虚しい気持ちが湧き上がってきたが、俺は考えるのをやめた。


 しばらくして、楽しそうに出てきた二人はそのまま映画館に近いゲームセンターへと消えていく。


 何やら楽し気にゲームを始め、ユーフォ―キャッチャーや、シューティングゲームに興じ、そのままプリクラ機へと入っていく。


 しかも、明らかに氷菓が主導している……!!


 俺はその光景をゲームセンターの外から眺めていた。

 その光景は、もう見まがうことは無い。流星を気に入った氷菓が流星を連れまわしている。完全にそれだけだった。流星が悪い男だとか、そんな俺の妄想は無残にもこの短時間で崩れ去っていた。


 ……俺これ見守る必要あるか……? なんだか虚しくなってきた。氷菓が流星に騙されているなら止めねばならぬと一念発起したが、どうやらそうでもないらしいし。なんなら氷菓がノリノリだ。


「はぁ……なんかあほらしくなってきた」


 俺は立ち上がるとトイレへと向かう。もうこのまま帰ろう。

 俺は帽子を脱ぎ捨て、そのままトイレのゴミ箱に放り投げると鏡の前で大きくため息をついた。

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