第30話 東雲氷菓と保健室

 それから数日。流星のことは気にはなったが、変わらない日々が続いた。


 陽と氷菓にゲームを教える、というよりは一緒にプレーをすることが多くなり、普通にゲーム仲間として楽しんでいた。


 ただまあ、ゲーム初心者である二人にとって楽しいと言っても所詮はゲーム。徐々に最初の頃の熱心な感じは無くなり、段々と熱が冷めていっているような気がしないでもなかった。


 氷菓は何かにつけて一緒にやろうと誘ってくる割りにはあまりゲームはせず、下らないことを話してそれで解散することも少なくはなかった。まあ、ゲームがコミュニケーションツールとして使われることは別に否定しないし、俺としても前よりは氷菓と話せるようになったことが単純に少し嬉しくて、別に気にしてはいなかった。


 そんなある日――。


「氷菓さあ、保健室だって」

「珍しいな、東雲さんが保健室だなんて」

「だよねえ。最近スマホとにらめっこすることあったし、何か悩んでるのかもねえ」


 ごめんなさい、ただゲームをやってるだけです……。俺が教えました……。

 なんだか陽キャに申し訳ない気持ちになってくるな……。


「そうだな。今度聞いてみようか」

「だね。あ、そう言えば――」


 氷菓保健室か……。

 昼めし食った後見かけないと思ったらそんなところに行ってたのか。ただのサボりじゃねえのか?


 と、変に勘ぐってしまうが、ああ見えて氷菓は真面目な奴だ。サボりって訳じゃなだろう。昼の間だけかもしれないしな。


 そんなことを思いながら、俺はいつも通りデイリーミッションの消化をしようとスマホを取り出す。


 慣れた手つきで"クラウドナイツ"のアイコンをタップし、ゲームを起動する。お知らせやメールを確認し、何気なくフレンド欄を見ると。


「あん……? 何で……?」


 そこには、ログイン中の【iCe】の名前が。


 あいつ……保健室でゲームしてるじゃねえか!!


◇ ◇ ◇


 昼休みが終わるまで後十分といったところ。

 俺は保健室の前へと来ていた。


 氷菓の野郎……一人だけ保健室でゲームしやがって……! 突撃してやる。

 くっくっく、いつも嘲ってくる氷菓を今日は俺が弄ってやるぜ。昼までゲームとか何してんですか! ってな。


 別に俺が教室でゲームしようとしていたのは横に置いておいて、保健室に行ってまでこっそりというのはいただけない。どんだけハマってるんだよ! 最近そうでもねえかなと思ってたが、意外としっかりやってんだなあ。


 俺はこっそりと保健室の扉を開ける。


 奥の窓が開いており、風でカーテンが靡いている。保健室の先生は不在のようで、中はしーんと静まり返っていた。


 三個あるベッドのうち真ん中のベッドだけが仕切り用のカーテンで覆われている。恐らくあのベッドだろう。


 俺はこっそりと近づく。なんかドキドキしてくるな。近づくと、やはりベッドの中に誰かいる。耳を澄ますと、中からペタペタとスマホをいじる音が聞こえる。


 俺はカーテンを掴むと、一呼吸置き、そして――


「なにやってんだよ、保健室で」


 俺はガッと勢いよくカーテンを開ける。


 中では、ぎょっとしてスマホを宙に放り投げ、ひっ! と目を見開く氷菓の姿が――


「あ……れ?」


 ――が、中に居たのは、まさかの別人だった。

 氷菓より圧倒的に小柄で、ピンクの髪をツインテールにし、目に涙を浮かべた小動物。


 少女は、口をパクパクさせ、俺の目を凝視する。


 俺は理解が追い付かず、二人の間に沈黙が流れる。


「えっと……」

「や……やあああああああ!!!」

「ごめんなさい!!!」


 俺は大慌てでカーテンを閉め、逃げるように走り出す。


 保健室のドアを思い切り閉め、一目散に階段へと駆ける。


 おいおいおい!! 氷菓いねえじゃねえか!! 全然知らない子居たし!!

 ああもうちくしょう! 氷菓の罠か!?


 俺は一気に階段を駆け上がると、三階に到達しはあはあと身体を折り曲げて息を吐く。


「くっそ…………何かの間違いだ……」

「何慌ててるのよ……」

「あぁ? ……って氷菓!?」


 そこに居たのは、呑気な顔をした氷菓だった。


「おま、お前!! 保健室に居たんじゃねえのかよ!!」

「え? ああ、居たけどとっくに戻って来てたわよ」

「はあ!? だったら先に言えよ!」

「なんであんたにいちいち行動先を言わなきゃいけないのよ……」

「そ、そりゃそうだが……」


 くそ……正論言いやがって……。


「変なの。……あ、そう言えば」

「ああ? 後にしてくれ……俺は今脳内がパニックでこれ以上何も許容できる状態じゃねえ」

「私、今度流星と遊びに行くことになったわ」

「はいはい、あっそ――――はああ!?!?!?」


 俺の脳の許容量がオーバーした音がした。

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