第29話 悶々と妹
「あー…………」
俺は居間のソファにうつ伏せになり、だらっと腕を垂らしながら、喉の奥から歪な音を発する。
なんだろうかこの釈然としない気分は。別に何があった訳でもないのだが、何となくもやっとしたものがアバラの裏辺りにふわふわと漂っている気がしてならない。
流星が氷菓にフレンド申請をし、氷菓はそれを受諾した。
恐らく陽も同様だろう。聞いてないけど。
昼間一緒にプレイしたとき、氷菓はどうやら既に何度か流星とチャットのやり取りをしていたようだった。内容はゲームについての内容がほとんどで、プライベートの話は一切なかったみたいだが……。俺のことは多少聞かれたみたいだが。
流星がこんなに積極的になっているのを見た事がない。……いや、俺もフレンドは流星くらいしかいないから、俺以外にどう対応しているのかは詳しくは知らないが……。
もしかすると流星は意外とビギナーに教えるのが好きなタイプなのかもしれない。俺から見ても上級者だし、そういう一面があってもおかしくはない。それに、もともとは俺が氷菓と陽のスタートダッシュをスムーズにするために流星に手伝いをお願いしたんだ、その責任感からという線も無くはない。
……と、何か色々考えてしまうが、そんなものはさっさと俺が流星にチャットを送って聞けばいいだけの話で、別に一人で考え込む必要は本来ないのだ。だが、何故だかそういう話を流星にするのも気が引けてしまう。
【Ryusei:え、何、俺が黒騎士の女友達と話してるのが気に食わない?何、嫉妬?笑】
なんてチャットが返ってきたら、俺は恐らく速攻でゲームをアンインストールし、川に投げ捨てるだろう。
断じて嫉妬などではない。嫉妬の訳あるか! 流星と氷菓が仲良くなろうが俺には関係のない話だ! それに、別にそういう目的があると決まった訳でもない。たまたま同じ学校で、後輩……ただそれだけだ。
でも、このまま放置しておくと氷菓と陽に会うとか言いかねないのも事実。
いや、別にそれが悪いと言ってるんじゃない。言ってる訳じゃないが……何だか釈然としない気持ちがある。そもそも俺、流星についてゲームの中でしかしらねえし……。
――ああもうめんどくせえ!! くそーあいつらがゲームやりたいとか言わなければこんなことで悶々とする必要なかったのによう!!
「はあ……」
「……お兄ちゃんさっきから変な声だしてどうしたの」
ソファの目の前に座って居た瑠香が、俺の声に反応し振り返る。
「気にするな妹よ。これは自然発生する俺の鳴き声だ」
「だとしたらうるさいんだけど」
そう、瑠香は辛らつな言葉をいとも容易く吐き、俺のダラっと垂れた腕をシャープペンでツンツンと突く。
「痛いっ。地味に痛いんだが? どうするの、それが皮膚の下に刺さった時に折れて、血管に乗って心臓まで行ったら。俺のか弱い心臓なんてイチコロだぞ」
「お兄ちゃん…………ボッチ歴が長すぎて脳がショートしちゃったの?」
「寂しさでショートするか! なんなら俺には可愛い妹がいるからボッチじゃない」
「いい加減妹離れしなよ……」
そう言って、瑠香は呆れたように溜息をつき、テーブルに向き直る。
「何してるんだ?」
「今日の復習だよ」
「真面目かっ」
「真面目だよ! だから邪魔しないで。後ろでうーうー唸られたら集中できないの」
「……」
俺は何となく瑠香の後ろ髪を触る。
「ひぃ!! セクハラ!!」
バシッと瑠香のチョップが、俺の脳天をうつ。
「うげっ!」
「何もう……構ってほしいのお兄ちゃん?」
「そう言う訳では……」
そう言う訳ではないが……このモンモンとした気持ちの時は何故だか瑠香にちょっかいを掛けたくなるのは何故だろうか。瑠香はうざそうだが……。
「……そういや、今度氷菓の家に来いっておばさんが言ってたぞ」
「え、本当!? なんで急に!?」
「まーなんつうか、氷菓と和解したと言うか何というか……」
瑠香はポンと手を叩く。
「あ~それで最近氷菓ちゃんの雰囲気が柔らかくなったのか! 何があったのさあ」
「それは言えん」
「何で!!」
「いや、まあ大人にはいろいろあるんだよ」
「お兄ちゃんが大人だったら私はもうおばあちゃんだよ」
「年上の妹……悪くないな」
「悪いでしょうが! ああもう、私やっぱり自分の部屋で勉強する! じゃあねえ、お兄ちゃん!」
そう言って瑠香はテーブルの上に広げていた文房具やノート類をまとめるとパタパタと階段の方へと向かっていく。
Tシャツにショートパンツという健康的な姿。Tシャツが大きめで殆ど下に何も履いてないように見える。お兄ちゃんは許しませんよ、そんな恰好は。
ドアを出た所で瑠香はチラッとこちらを振り返る。
「あー、氷菓ちゃんの家に行くのは楽しみにしてるから! ちゃんと都合付けておいてよ」
「わかってるよ」
そう言いながら、俺は手をヒラヒラと泳がせる。
「もう、本当かな~。……ま、期待して待ってるよ」
そう言って瑠香は階段を上り自分の部屋へと戻って行った。
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