二章

第26話 真島伊織と二人の幼馴染

 数週間が経った。ゴールデンウィークという全学生、いや全社会人――いや、全人類が待ちわびている一大休暇がもうあと少しという今日この頃。


 休みが目前に迫ると、不思議と残りの日数も頑張ろうと思えてしまう。これが休みの魔力か……。


 あれから氷菓の態度はいくらかマシになった。何故いくらか、という程度に収まっているのかは正直俺にも分からない。なんでなんですかね、氷菓さん。


 それでもやはり以前よりは圧倒的に会話が成り立つようになってきたことも事実だ。目が合うと挨拶の度に飛んできていた罵倒は消え、今は普通に挨拶してくれる。それに対し一番驚いていたのは一ノ瀬梓だった。


「え~氷菓なんか最近いつもと違くない?」

「何が?」

「真島君? にさあ、もっと辛辣じゃなかった?」

「いやいや、前からこんなだったけど……」

「いや、絶対違うって! こんな愛の籠った挨拶じゃなかったよ?」

「あ、愛!? こ、こ、こんなやつに!? 気のせいよやめてよ!!」


 ――と言った具合である。

 二人きりとかそう言う場所ではわりかし普通なのだが、こうやって他の人と俺絡みの話を始めると、途端に前のような刺々しい言葉(と言っても前ほど辛辣という訳でもないが)が飛んでくる。それは陽と居る時も顕著だった。


 俺と陽が一緒に居るとじとーっとした目で見てきたり、陽がじゃれて俺にくっついてくると氷菓は鼻息荒くして「変態! 離れなさいよ!」っと叫んだ。


 まあ、普段からボッチだの陰キャだの言っていた前に比べれば数百倍マシというものだ。これも、あの日話し合った成果なのだろう。


 そんなこともあり、俺の精神安定度は非常に高水準をキープしていたのだが……1つ問題があった。それは、陽の陽キャ問題……!!


 ……別にギャグじゃないぞ? 


 陽は陽キャなのだ。映画に行った日、確かに陽は言った。俺に会いに転校してきたと。その時は氷菓とのあれこれのせいで完全にうやむやになったが、それってもう愛の告白じゃないですかね!? それに、ご存じの通り陽は俺の彼女だと冗談を言ったり、やたらとべたべた触ってきたり、これってつまり――。


 と、夜寝る前に何度もそんな考えが頭をよぎるが、思い出されるのは思い出したくもない女、島崎日和だ。あいつもそんな感じで俺が勝手に勘違いして、盛り上がって告白したという前例がある。


 前例を無視して突飛な思考をする程俺もバカじゃない。

 そんなわけで、俺は普段通り時々ドギマギしながら陽との"幼馴染"ライフを満喫し、たまに氷菓が顔を出し、あーだこーだ言う、という生活が定着しつつあったのだが……ここからが陽の陽キャたる所以である。


 そう、既に転校してきてから一か月近くが経とうとしている今日この頃、陽キャである陽は普通にクラスに友達を作り、気付けば氷菓同様カースト上位に君臨していたのだ。ともなれば、俺とご飯を食べにくることもがくんと減り、一時期は多かった「おいおい、転校生とどういう関係なんだよ?」と面倒くさい質問(だがそう言われてちょっと嬉しいのが悔しい)も完全に鳴りを潜め、俺と陽の接点は減りつつあった。


 そんなこんなで俺は、平穏な日常というものを取り戻していた。


 だが、陽に振り回され、氷菓に感情を揺り動かされたあの数日間が若干名残惜しくもあり、俺はその衝動をスマホゲームへと傾けていたのだった。


 休み時間になる度にポチポチポチポチ、スマホを取り出してはゲームを起動していた。


「伊織さあ、あんたそれ何やってるの?」

「ん?」

「それ、スマホのゲームでしょ?」


 そう言って氷菓が俺のスマホ画面を覗いてくる。

 長い髪がサラッと俺のスマホに垂れ、それを耳に掛ける。


 うわ、止めろ、横顔美人は止めろ!


 俺は慌てて視線を逸らす。


「ゲ、ゲームだけど……悪いかよ。休み時間くらい好きにさせてくれ」

「あんたはいつの時間でも好き勝手やってるでしょうが……。で、それどんなゲームなの?」

「何だよ、興味あるのか?」

「きょ、興味というか……ほら、そういうのってオンライン? ってので離れてても一緒に出来たりするんでしょ?」

「……一緒にやりたいのか?」


 すると、氷菓は少し頬を赤くし、ブンブンと両手を横に振る。


「そ、そ、そう言う訳じゃないけど……! ま、まあ面白かったら一緒にやってもいいけどね、面白かったらよ!?」

「はあ……」


 なんだ、こいつゲームに興味あったのか? 意外だな……。

 まあ最近はギャルでもアニメを見る時代だ、何ら変じゃねえ。むしろ、ゲーム人口が増えて嬉しいのはこっちの方だ。


「まあ建前はどうでもいいとして――」

「建前ってなによ!」

「やりたいって言うならなら教えるぜ?」

「え、ほんと?」

「あぁ。まあ、じゃあ今――」

「ちょ、ちょっと待って! ここで教えてもらうのは周りの目が……」


 あぁ、そうか。俺と話してるっての事態不名誉なことだしな。


「まあ別にどこでもいいけど……」

「じゃ、じゃあ今日…………う、うち来なよ」

「はあ?」

「いやほら……お、お母さんもまた来いって言ってたし……」


 言いながら、氷菓は自分の髪を指でくるくると巻き始める。


「あーわかった。じゃあ帰ったら行くわ」

「ほ、本当!?」

「なんで嘘言うんだよ……」

「いや、そう言う意味じゃ……わ、わかった。じゃあ帰ったらね!」


 そう言って氷菓は嬉しそうに自分の席へと戻って行った。よほどやりたかったようだ。

 ハマってくれるといいが……どうかな……。


◇ ◇ ◇


「……なんでこの子もいるのよおおおお!!!」

「あはー、お邪魔しまーす!」

「いや、陽も教えてくれって言ってたから丁度いいかと思って……駄目だったか?」


 すると氷菓は不貞腐れた様子で口を尖らせる。


「別に……駄目じゃないけど……」

「? なら良かった。じゃあ、お前たちに"クラウドナイツ"の魅力を教えてやろう」

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