第25話 真島伊織は徹夜明け

「いってきまーす!」

「いってきま…………まぶし」


 俺は思わず目を細め、太陽の光を手で遮る。

 土日明けの外は些か俺には眩しすぎる。もし吸血鬼が存在するとしたら、俺を同族と勘違いすることだろう。それほどに、俺と言う男には太陽は似合わない。


 日焼けのない真っ白な肌。きっと女の子に生まれて居たら美少女だったに違いない。


「お兄ちゃん! そんなところでぼーっとしてないで、早くいかないと遅刻しちゃうよ!」


 妹は俺と違ってまじめなのだ。だが、そこが可愛いところでもある。


「……親愛なる妹よ」

「な、何そのかしこまった言い方……」

「いい加減兄離れをしてもいいんじゃないですかね?」

「ど、どういう意味!?」


 瑠香は訳が分からないと言った様子で困惑した表情を浮かべる。


「俺の遅刻を心配するなんて、お兄ちゃんが大好きで仕方な――」

「勘違いうざい!」

「うざい!?」


 なん……だと……。

 俺は余りのショックにがっくりと肩を落とす。そんな馬鹿な……うざい……俺が?

 いいお兄ちゃんだろ俺は……。


「――はあ。もう、お兄ちゃん。お兄ちゃんが妹離れできてないだけでしょ、勝手に責任転嫁しないでよもう」

「あ、あのなあ、俺は別に妹離れが出来ていないのではなく、兄としてだな……」

「もう、ああ言えばこう言う……というかお、お兄ちゃん大丈夫? 顔色悪いけど」

「あぁ、朝までゲームしててほとんど寝てないからな……」

「もう、ゲームばっかりしてるから……そんなんで大丈夫なの?」

「正直だめかもしれん。だが、朝までゲームをしてても学校へ行かなければいけないのが高校生の辛いところだな……」

「謎にストイック……」


 去年の冬に正式リリースしたスマホアプリ、「クラウドナイツ」。その新ストーリーがまさかの昨日の夜に突如配信され、それに伴って新しく増えたクエストをクリアするため朝までマルチプレイをしてしまった俺に、もはやいろんな意味で敵は居なかった。


「もうお兄ちゃんしっかり――あっ、氷菓ちゃん! おはよ!」


 俺の体調などあっという間にどうでも良くなり、元気よく瑠香が挨拶したのは、俺達の隣の家からちょうど出てきた一人の少女へ対してだった。


 長い黒髪に透き通るような白い肌、そしてぱっちりとした目元。

 適度に付いた程よい肉に、小さな顔。そして、主張の激しい胸。

 恐らくすれ違う男は皆二度見をするであろう美少女っぷりだ。


 だがしかし、俺に限ってはその限りではなかった。

 何故か。それは、俺は中学時代からずっとこの少女のことを知っていたし、なんなら中学一年のある時期まではとても仲が良かったからだ。

 つまり、見慣れていると言う訳だ。


 そう、彼女は俺の幼馴染だ。

 ……いや、と言ったほうが良いかもしれない。


 だが、それもの話だ。


「おはよう、瑠香ちゃん。相変わらず朝から元気だねえ」

「うん! 氷菓ちゃんは今日も可愛いねえ。なんか会う度言ってる気がするけど……」

「あはは、ありがと」

「ほら、お兄ちゃんも挨拶して!」


 瑠香に促され、俺と氷菓は目が合う。


 あの窓越しに合った日から、俺達は一切会話を交わしていない。

 若干の気まずさがお互いの間に流れているのが分かる。


 ……だが、ここで折れては俺がわざわざ心エネルギーを消費してまで行動した意味がない。


 俺は意を決して氷菓の方を見て、そして言う。


「……うっす」

「………………」


 しかし、沈黙。

 ひたすらに沈黙。


 おいおいおい、話が違うじゃねえか!!

 元通りになったんじゃねえの!? どうなの!?


 氷菓はツーンとした態度で俺に背を向け、チャリに跨る。


 はあ、ま、すぐ変われる訳ないわな。罵倒がなかったことだけでも進歩したと思おうじゃねえか。きっとこれから徐々に戻ってくさ。


 ――すると、チャリに跨った氷菓が不意にこちらを振り返る。


「……おはよ、伊織」


 そして、慌てて正面を向くと、勢いよくペダルを回してサーッと言ってしまった。

 それはまるで、言い逃げのようだった。


 それを聞いていた俺と瑠香は顔を見合わせる。


「ひ、氷菓ちゃんがお兄ちゃんい挨拶した……!? じ、事件だあああ!」

「事件じゃねえだろ! ……でも、したな」

「な、何かあったの?」

「……まあな」

「えええ、何何!? 何があったって言うのさ!?」


 そう言って、瑠香は俺の襟を掴みぐいぐいと前後に揺らす。


「教えてよ~~!!」

「う、うるせえ、遅刻するぞ!」

「あー狡い! こういうときだけそれ言うの狡いよ!」

「お前の言葉を借りただけだ! 自分で毎日それを言っていることを悔い改めよ。じゃあな、瑠香!」


 そう言い残し、俺は俺のチャリに跨り急いでペダルをこぎ出す。


 後ろでは瑠香がまだワーワー騒いでいるが、関係ない。わざわざ言う必要もない。

 これは氷菓と俺の問題なんだからな。


 とりあえず、今日からのクラスは先週までとは違った色で見えることだけは、間違いない気がしていた。

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