第23話 東雲氷菓は幼馴染だ
「もういいでしょ、帰ってよ……一人にして」
氷菓はヘタっと地面に座り込み、俯き気味にそう言う。
だが、しかし。
ここで帰る訳にはいかない。俺たちの間のずれもやっと理解出来た。だとしたら、今、ここで、チャンスを逃すわけにはいかないだろう。
別に、俺は氷菓を好きという訳じゃない。
ただ、やはり喉の奥の方に、時折ちくっと痛みが走るような、そんな違和感をずっと抱え続けていた。それは俺だけではないのではないかと、何となく思っていた。
この、気味の悪い引っ掛かりを取り除くのは、今が最初で最後のチャンスだとそう俺の無い頭が告げていた。
そして何より、仲直りして欲しいと願っている陽の為にも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「帰れねえよ」
「そういう所が嫌い……全然言う事聞いてくれない」
「いや、聞いてくれよ。今度は俺に言わせてくれ」
「…………手短に」
「俺はさ、氷菓が俺のこと嫌いなんだってずっと思ってたよ」
「だから私は――」
「まあ聞けって」
既に思っていたことをぶちまけてしまったせいか、いつもの氷菓はどこへやら、しおらしい態度で俺の話に耳を傾ける。
「俺がまあその……氷菓が俺を無視しだす前に距離を置いてたのは……確かに事実かもしれん」
「そうでしょ。だから言ったじゃない」
「あの頃は俺は……恥ずかしかったんだよ」
「何がよ」
「よく俺らからかわれたの覚えてるか?」
氷菓はベッドにもたれ掛かりながら、天井を見上げる。
「んー……確か何か弄られてたかもね。相合傘とか書かれてさ」
「それそれ。それが嫌で……後なんか氷菓と居ると友達出来ない気がしてさ……みんな距離があるっていうか」
「結局友達なんて私が近くに居なくても出来なかったじゃない」
「返す言葉もないですが…………とにかく、それでちょっと距離を置いちゃったんだよな。それは悪かった」
「今更謝ったって……」
「遅くはねえだろ? 現に今俺たちはお前の部屋で話せてるじゃねえか」
「勝手に入ってきただけでしょ」
「そうだけど……」
「でも…………そんな素直に謝られるとは思ってなかった」
少し嬉しそうにする氷菓は、いつぶりだろうか、少し可愛く見えた。
「なんつーかさ、俺達すれ違ってた気がしね?」
「そうかも……」
「さっきも言ったけど、俺は氷菓が俺のことを嫌いなんだと思ってた」
「私は伊織が私のこと嫌いじゃないって……幼馴染だと思ってくれてるんだと思ってた」
「……正直、俺のこと嫌いな氷菓なんて嫌いだって言い聞かせてた……俺だけ幼馴染だと思ってるなんて何か……こう……」
「恥ずかしい?」
「……そうっす。一方的って何つーか片思いみたいで……」
「へ、変なこと言わないでよ! バカ!」
氷菓がバシッと俺の肩を叩く。
「いや、物の例えだよ!! ちげえからな!?」
「わ、わかってるし!」
「だから……今は俺、氷菓のこと別に嫌いじゃないぜ?」
「本当? 今度は私が嫌ってないってわかったから嫌いじゃないと思おうとしてるんじゃないの」
「意外に疑り深い性格だな……まあなんつうか、暴言とか、ツンツンで辛辣なところは正直ムカつくけど……それとこれとは別っつうか……。暴言のことは軽蔑してるからな!? 俺だから耐えられたんだぞ!?」
「そ、それは……ごめん。私も何かそれが日常になっちゃって……最初は言う度に有った嫌な気持ちも、今はすらすら口からでちゃって……」
意外だった。
氷菓はなんと素直に謝ったのだ。俺たちの誤解が解けたからか? それともこれがムードってやつか。お互い今までにないくらい本音で話してる。それが影響してるのかもしれない。
「……とにかく、それとこれは別として……」
「うん……」
「その何というか……だから……これから幼馴染に戻れたらって思うというか……」
「伊織……」
俺と氷菓の目が合う。
いつぶりだろうか。こんなに何の嫌悪感も、憎しみも、劣等感も感じず、純粋に氷菓の目を見たのは久しぶりだ。
氷菓の容姿は変わった。地味っ子じゃない、完全な美少女となって。
それでも、その目はあの頃一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に過ごした頃と何も変わっていない。
「まあようは、あれだ。なんつーか……お互いあのー……」
「…………」
「誤解? みたいなのは解けた訳だし、これからその……まあ、なんだ」
「うん」
「急に幼馴染だった頃とは言わないけどよ、少しはまた前みたいに話せたら……いいかなって……思うんだけど……」
すると、氷菓は真面目な顔をして、ボスっと俺の胸に拳を当てる。
「そんな急に無理」
「いや、でも――」
「でも、まあ」
氷菓は俺の顔を見ると、言葉を続ける。
「またクラスメイトから……幼馴染としてやり直すのはありかもね」
「氷菓……」
「だからって! 別に私はあんたと雨夜さんみたに急に……きょ、距離が近づいたりしないからね!?」
「わ、わかってるよ!」
「暴言は……言わないように、気を付ける……」
「頼むぜ。誤解が解けた今それでもなお暴言なんか吐かれた日にはさすがの俺もブちぎれるぞ」
「キレたことないくせに」
「うるせえ」
ニヤニヤと、氷菓の俺をからかうような笑顔。
だが、これすらも何だか安堵を覚える。
「ただ……窓から来てくれたのは嬉しかったかも。ちょっとだけ」
「約束したからな」
「覚えてたんだ」
「あんなの約束でも何でもないただの世間話だったけどな。このご時世、窓から窓へとか外から見られてたら学校にクレーム言って先生たちから大目玉だよ。もう二度とやらねえ」
「本当なんというか…………まあ、伊織らしいけど」
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