第22話 東雲氷菓は吐き出す

 ちょっとまてまて、こいつは何を言ってるんだ……!?

 何の話だ? 何の話なんだ!?


「待て待て待て、はあ?」

「はあ? って何よ! 知ってたでしょ!? 知ってて今ままでとぼけてたんでしょ!?」


 そう言って、氷菓は少し頬を赤らめながら俺を睨みつける。

 自分がパーカーを上から羽織っているだけの緩んだ服装だと言う事も忘れ、俺に詰め寄るように這いよる。


「し、知らねえよ……!」

「そんな訳ないでしょ!? だってあんたがあの時私に相談してきたんじゃない!」

「あの時……?」

「あの子よ、あんたと席が隣だった……」


 席が隣……まさか、俺が中学の時に唯一告白した黒歴史……!

 

「島崎日和……?」

「そうよ。あんな子に骨抜きにされて……」

「んな黒歴史は忘れろ!」

「忘れられないわよ!」

「なんでだよ! ……ていうか、何でそれが無視の原因なんだよ!」

「それは……察しろ!」

「察しろって…………無理があるだろ……」


 氷菓は頬を膨らませ、睨むように俺を見る。

 しかし、さっぱり納得した顔を見せない俺に痺れを切らす。


「――ああもう、一回しか言わないから良く聞きなさい! そして聞いたら帰れ!」

「わ、わかったよ」


 何なんだいったい……なんでこんなもったいぶるんだよ。


「私達……幼馴染でしょ? あんたに言わせればだった、らしいけど」

「あぁ」

「中学でも……一緒にって思ってたのに、あんたは女子と話すとからかわれるってちょっとずつ私と居るのを嫌そうにして……」

「いやそんなことは――」


 が、思い返すと心当たりがないでもなかった。

 俺たちは異性同士にしては仲が良すぎた。良くクラスの奴から夫婦だのカップルだの言われ、俺はそれがなんだか恥ずかしくて、そしてそれが俺が友達が出来ない原因だと感じていて、何となく氷菓と接するのが億劫になってきたのを覚えている。


 そこで俺はハッとする。

 俺の感じているものと氷菓の感じているものが違うのも少し理解できてしまった。


 氷菓が急に俺を無視し始めたのではなく、俺が何となく氷菓を避け始めてしまっていたということだ。認めたくはない……だが、事実、俺の記憶は確かにあの頃そんな感情を持っていたことを覚えている。


「――あったかも……しれん」


 俺は少し気まずいながらもそう口に出す。

 氷菓が察してと言ったことを無理やり喋らせた以上、俺も嘘を言う訳にはいかない。


「その時正直……私は意味が分からなかったわ。折角私達仲良く続いていたのに、こんな些細なことで亀裂が入るなんて。私達お互いに地味っ子だったし……私は伊織がいないと、他に友達何て……」

「氷菓……」

「そんな時よ、あんたが嬉々として私に話しかけてきたのは」

「え?」

「絶対俺のこと好きだからとか、めっちゃ可愛いとか、話が凄い会うとか、笑ってくれるとか、後は――」

「も、もういい! それ以上そこは掘り下げるな……俺の心が持たん……」

「……とにかく、私ははあ? って感じだったわよ。急にまた話しかけてきたと思ったら他の女の子の話……有り得ない」

「お前それって……」


 確かにわかる。氷菓の話を聞けば、氷菓が俺のことを気に食わないと感じるのも納得がいく。


 ただ、思っていたのと違う……と言うより、氷菓がそんな訳がないと勝手に思っていたある事実が、そこにはあるような気がした。


「そうよ、普通ムカつくでしょ? そりゃあんたのことどうだってよくなるわよ。無視されても当然でしょ」

「氷菓それって……………嫉妬か?」


 一瞬の間。

 氷菓の目が見開かれ、ハッと息を飲んだ後、堰き止めていた水が噴き出すように大声で反論する。


「は、はあ!? なにがどうなったらそうなるのよ! わ、私が嫉妬!? 伊織に!? そんな訳ないでしょうが!」

「だっておま、俺が少し離れてたのが寂しくなってたのに、久しぶりに話しかけられたと思ったら、他の女の子の話だったのが気に食わなかったんだろ?」

「ちが、違うわよ!! 何をどう聞いたらそうなるのよ!!! 私はただ……ただ、あんたが一丁前に女の子を好きになってるのにムカついたのよ! これは別に嫉妬じゃない!」

「そ、そうか……」


 これ以上は何を言っても否定だろうな……俺は大人しく引き下がるとしよう。この際氷菓のが嫉妬だったとかそうでないとかは問題ではないのだから。結局は過去の話なんだ。ただ、それがきっかけだったという事実が大事なんだ。


 何となく、俺達のすれ違いの正体が分かったような気がした。


 どうやら、中学一年の夏。俺の初恋とも呼べる甘酸っぱい思い出を作り出した……そして同時に真っ黒な黒歴史を繰り出した頃を境に、俺と氷菓はスレ違いを始めてしまったようだ。


 それが今になっても続いている……という訳だ。


「じゃあ……氷菓は俺のことを嫌いになったから辛辣になったり暴言吐いたりしてた訳じゃない……と?」

「……そうよ。……嫌いな奴にわざわざこの私が……話しかけに行く訳ないでしょ。察し悪いわね」

「まじか……」


 俺が一方的に嫌われていると思ってただけだったのか……。


 なんだかその事実に、俺は肩から力が抜けた気分だった。

 だからって暴言吐くって言う心理は俺には理解できないが……でも、今まで不透明だった真実が、今明瞭になった気がした。


 言い終えた氷菓は、少し冷静になったのか顔を赤くし、腕で顔を覆い隠すようにして目を逸らす。


「――もう話終わったから…………帰っていいわよ」

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