第3話 東雲氷菓は刺々しい
「おっ…………」
俺の口から洩れたのは、驚きの言葉だった。
人間って本当に驚くと意味のある言葉出て来ないんだな。やっぱりドッキリってやらせだわ。
まさか、氷菓が俺を追って教室を出てくるとは夢にも思わないだろう。
「…………何よ」
「何よって……どうしたんすか」
あくまでも意図をわかっていないスタンスで貫く。
とりあえず話を聞け。まだ俺を追ってきたとは決まっていない。これで違ったら今日から数年間寝る前にベッドに顔を埋めて暴れる毎日だぞ。
氷菓は腕を組み、少し威圧的な視線で俺を見る。
「な、何だよ……」
「……もうホームルーム始まるのに何処行くのよ」
「何処って……トイレだけど」
「何しに?」
「はぁ? ト、トイレなんだから用を足しにだろ」
「…………」
何だこの会話は。
中身がなさすぎる……! 何だこいつ、コミュニケーション能力がつよつよになったからリア充集団の仲間入りしたんじゃねえのかよ。ノープランで話しかけたみたいになってんじゃねえか。
俺は何だか気まずくなり、意味もなく首の後ろに手を回す。
こんなの雑誌でアイドルがポーズ取ってる所しか見たことねえよ……。
「あー……何かようか? トイレ行きてえんだけど」
「……あんた、友達は?」
「は?」
「だから、友達」
何だこいつ……俺の交友関係に興味あんのか?
「い、いねえけど……」
「へえ、居ないんだ。そっかそっか~」
氷菓はさっき視線があった時に見せたような、ニヤニヤとした顔を浮かべる。
あ、こいつバカにしに来やがったな……。友達が居ないことをバカにしていいのは妹だけだぞ。
「随分嬉しそうですね。俺はどっかの誰かさんみたいにリア充とは違うんだよ」
「へえ、どう違うっていうのよ」
「俺は一人でも楽しく出来るんだよ。余計な繋がりは足枷でしかねえからな。気を使わなくて良いし、なんかあっても自分を優先して決断できる。友達なんかいたら意見に流されたり、友達優先したり……俺には不要だ」
氷菓は俺の発言に呆れたように肩を竦める。
「でたその謎の口八丁。何それ、強がり? それとも現実逃避?」
「強がってねえし、現実逃避でもねえ!」
氷菓は相変わらず口角を上げ、質問を続ける。
「私、変わったと思わない?」
「あぁ? ……知らねえよ」
「良く見てよ」
「知らねえって……」
俺はさっきまで合わせていた視線を外し、後ろを向く。
なんだこいつ……。可愛くなったことをこれ見よがしに見せつけたいのか? どんだけ承認欲求強いんだよ! 可愛くなったなんて言ったら何を言われるか分かったもんじゃねえ。絶対に言わねえぞ。
つーか本当に何しに来たんだよこいつ……ボッチの俺を蔑みに来たのか? 視線だけじゃ飽き足らず言葉でもトドメを刺しに来たのかよ。
「ふーん、まあいいけど。友達も居ないし、モテそうにもないし、あんたに女の子を見る目がないことくらいわかってたわ」
「酷い言いようですね」
「事実でしょ。久しぶりに人と話したの、私じゃないの?」
「舐めるなよ、俺だって毎日人と話してる」
妹だが。
「瑠香ちゃんでしょ、どうせ」
「…………」
うぜ~~~~。
完全に決め打ちだろ。誘導尋問じゃねえか。俺がまるでシスコンみたいだろ。否定はしないが。
駄目だ、これ以上こいつと話してるとバカにされてる気がしてかなわん。
「というか、ホームルーム始まる前にトイレに行っておきたいんだが。始業式で漏らしたらシャレにならん」
「行けばいいじゃない」
「引き留めたのはお前なんだが」
「あんたが振り返るからでしょ!」
「そうだけど……」
「……はあ、もういいわ。さっさとトイレ行けば。私は戻るから」
そう言って氷菓は教室の扉に手を掛ける。
「おい、お前用事あって出てきたんじゃねえのかよ」
「ホームルームの前に外の空気吸いたかっただけよ」
「あっそうっすか」
「ま、ボッチらしく一人でトイレさっさと行ってきなさいよ」
「あのな、トイレは本来一人で行くものなんだよ。複数人で言ってどうすんだよ。リア充の習性は理解できないね」
「ほんとその口うざい」
「なっ……!」
俺の反論を待つ間もなく、氷菓はそのまま扉を開け教室へと入って行った。
嵐のような時間だった。本当なにが目的だったんだ……。
それになんかうざいって言われたんだが……。
何だったんだよ全く……。ただ煽られただけなんだが。本当に俺達幼馴染だったんだよな?
中学の時氷菓と話さなくなってからしばらく経った後、今の様にたまにすれ違って二、三言葉を交わすことはあった。勿論、仲良く和気あいあいと雑談――何てするわけはなく、こうやって一方的に毎回罵られたわけだが。
まあ月一回あるかないかくらいの頻度だったから、実質俺との関係性は完全にないも同然だった。
今となってはあの頃よりクラスが同じということで物理的な距離感は縮まったが、リア充とボッチという精神的な距離はより一層広まった気がしている。今まで薄っすらと繋がっていた「地味同士」という共通項さえ消え去り、俺と氷菓を繋ぐ紐はいよいよ最後の一本を手放した気がしていた。
別に氷菓と仲を戻したい訳でもなんでもないんだが……。
「はぁ……」
俺は溜息をつき、重い脚を引き摺りトイレへと向かう。
『キーンコーンカーンコーン』
「冗談だろ……」
いや、諦めるな。
走ればまだ間に合うかもしれない。チャイムが鳴っている間に――
「おい、ホームルーム始まるぞ。教室に戻れ」
「先生……ちょっとトイ――」
「何ごにょごにょ言ってるんだ。早くしろ」
「……はい」
俺はまた溜息をつき、踵を返す。
トイレは始業式の前でいいか……漏らさないといいが。
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