第2話 東雲氷菓は高校デビューした
人間関係というのは最初が肝心で、一度固まればそこから早々変わることはない。
もちろん、それはクラスという三十人ぽっちの小さな集団でも同様で、大体似たような性質の連中で固まるものだ。
例えばあちら。
教室の後ろの方に男だけで固まっている集団が居る。
三、四人で固まり、アニメやゲームの話で盛り上がっている、女の子に耐性が無さそうな集団だ。ああいう塊が一番多い。
一方で、前方の窓際の席に集まっている男三人、女三人の集団がある。
イケメン、美少女で固められた眩しいばかりのリア充集団だ。話題のアーティストがどうだのタピオカがどうだの謎の言葉を繰り出し、中身のない話でまるで深夜のお笑い番組のように爆笑する謎の集団だ。だがしかし、クラス全体への影響力は絶大で、彼らがYESと言えば俺たちは謎の重力で頭を抑え付けられ、強引に首を縦に振ることだろう。
そんな感じで既にクラス内は似た者同士で綺麗に分かれているのだが、当の俺はと言うと、非リア充集団に入れるほど知識もなく、はたまたリア充集団に合わせられるほどコミュニケーション能力が高い訳でもなく、気付けば宙ぶらりんと、どこにも属さない良く分からないポジションへと落ち着いていた。落ち着いたと言うより、流れ着いたと言う方が正しいかもしれない。まさに漂流だ。
本来なら一年時の時点で仲の良い相手の一人や二人は作っておくべきだったのだ。
新クラスに知り合いが一人もいないの何て俺くらいだろう。一年間も高校に通っていれば、部活動や委員会で知り合いが増えていて当たり前であり(俺にとっては当たり前じゃないんだが?)、クラス替え早々に路頭に迷うなんてことは本来ありえないのだ。
だが、それを差し置いて何より一番の屈辱。それは今目の前で繰り広げられている光景だろう。
「氷菓さあ、春休み何してた?」
「梓たちと遊んでる日以外は家でダラダラしてたわよ」
「まじ!? にしては恐ろしい程体型を維持されてますけども! 何かしてたんじゃないの?」
「えぇ……別に特には何もしてないけど。それに私ってそこまで痩せてる訳でもないじゃない」
「この触り心地が最高すぎるんよ~! すらっとしてるのに吸い込まれる肌感……」
「ちょっと梓、くすぐったいから……」
「氷菓ちゃん本当いいスタイルしてるからなあ。世の女の子がそれ聞いたら泣くぜ。男なら誰でも憧れる体型――」
「ちょっと、それセクハラ発言なんだけどお」
「うっそマジ!? コンプラ厳しい~」
………………何がコンプラだよっ!!
と、ついつい聞き耳を立てて一人で突っ込みを入れてしまったが……そう、何を隠そう俺の幼馴染だった氷菓は、中学の時はもう少し大人しい目の集団に居たくせに見事高校デビューを決め、気付けばカースト最上位のリア充集団に溶け込んでいるのだ。当然、このクラスにも仲の良い連中がああしている。
それが何より俺をどうしようもない気持ちにさせた。
間違いなく俺と氷菓は同じスタートラインに立ち、用意ドンでスタートしたにも関わらず、氷菓の見えない人間力みたいなものがいつの間にか俺を突き放していた。
やっぱり顔か? 顔なのか?
顔が可愛けりゃなんでも思い通りに進むのか?
俺だって決してブサイクな訳じゃない。風呂上りは何だかイケメンだし、暗い窓ガラスに反射した俺もイケメンだった。
スマホの自撮りは二度と見たくない程の出来栄えだったが、あれは魚眼レンズみたいに写るだとか遠近法がどうのとか胡散臭いから信じていない。それらを総合的に考えれば、少なくとも顔に関しては中の上はある、きっとあるはずだ。
だから、俺がブサイクだからリア充集団に居ない訳じゃない。そもそも俺はそういう浮ついたことが嫌いなのだ。
陽キャ……つまり、リア充が嫌いなのだ。何かと今を美化し、キラキラとしたオーラを放つ。現実を見ていない連中だ。
そもそも俺は今の立ち位置を結構気に入っている。確かに話す相手も居なけりゃ、弄ってくる奴も居ない訳だが、面倒なことがないと考えればむしろメリットの方が大きい。リア充たちは好きに青春だの恋愛だのを謳歌して精々時間を無駄にすると良いさ。
――と、なんとなしに氷菓の居るグループを横目で見ていると、不意に氷菓がこちらへ視線を向ける。
何!? 何でこっち向くんですか!
俺は慌てて視線を逸らす。何なんだマジで……。こっちなんか見ないでリア充仲間と楽しく話してればいいんじゃないですかね。
いや、きっとたまたま視線がこっちに向いただけだろう。話しているときに適当に視線を泳がせることなんてよくあることだ。俺も妹と話している時によく視線を泳がせてる。……友達とは? とか聞くな。
そう、きっと気のせいだ。
…………だが、びっくりして(というかドキっとして)視線を逸らしたと思われるのは癪に障る。
気にしすぎかもしれないが、そこだけはプライドが許さない。何だか精神的に負けを認めるみたいでムカつく。本来は幼馴染だったんだからな!?
俺は意を決して、もう一度何気なく視線を氷菓の方へと向ける。
まずは下の方から……。
白い脚から徐々に視線を上げ、スカートの無防備な隙間に一瞬視線を止めるが何とかそのまま上へとスライドしていく。
ブレザーのボタンが全て開けられ、ワイシャツが主張激しく膨らんでいる。その先から白い首が伸び、綺麗な顎のライン。そして俺の視線が氷菓の目を捉えたとき――――ぴったりと目線が合う。
うっ!
目線があった瞬間、氷菓は少しだけ目を見開いて、俺を嘲笑うかのように口角を上げる。
何だその笑みは……まるで俺が氷菓を盗み見てた見たいじゃねえか。断じて違う、断じて違うぞ!
だが、氷菓の顔は「あんた何だかんだ言って私が気になったしょうがないんじゃない、素直になればいいのに」と言いたげだ。可愛くなったからって調子乗りやがって……。
俺はとりあえずの否定として、顔の前でブンブンと手を左右に振る。
隣の席の奴が見たら何してんだこいつって感じだな。だが、変な誤解を氷菓にされるよりマシだ。
少しの膠着状態の後、氷菓の隣のギャルが話しかけ、氷菓は何事もなかったかのように話に戻る。
「――ふぅ……」
俺はほっと息を付き、深く椅子に腰かける。
何で俺が慌てなきゃいけないんだ…………。元はと言えば、あいつが俺に冷たくなったのが始まりだったはずなのに。まあ、それに甘んじて俺も関係を修復しようとしなかったことは認めよう。
だが、俺と氷菓は終わった関係だ。こういうと語弊があるが、恋人だとかそう言うのじゃない。幼馴染として終わった関係ということだ。それがまさか同じクラスになるなんて……。
これからしばらくの間……というか卒業までの間、ずっと同じクラスであり続けるという事実に俺は大きく落胆した。
意を決してもう一度チラッと氷菓の方を見る。だが、もう俺のことなど気にしてはいないようで、リア充連中と楽しそうに談笑している。
俺はそれに何故か少しほっとし、教室を出る。一限目まではまだ時間がある。とりあえずトイレでも行っておこう。別に誰も話す相手が居ないから教室に居づらいとかじゃないからね。そういう段階はもう一年生の時に通過したから。
俺は教室の扉を閉めると、ポケットに手を突っ込み、猫背気味に歩く。すると、閉めたはずの扉がすぐ後方でもう一度開けられる音が聞こえる。余りに俺とタイミングが同時過ぎて、俺は何を思ったか俺に話がある奴が追ってきたのではないかと思ってしまった。
わかっている、言われなくても。このクラスにまだ友達が居ない俺を追ってくる……つまりツレションをする奴なんている訳がないんだから、俺の考えは幻想なのだが、恥ずかしくも俺は後ろを振り返った。これで何にも関係なかったら、正面から手を振って歩いてきた女の子に手を振り返したら俺の後ろに居る女の子に対して手を振っていた――なんていう状況とほぼ同じ恥ずかしさだぞ。
が、半分自動的に体が反応し、気付くと身体が勝手に振り返っていた。
そしてそこに立っていたのは――――なんと東雲氷菓だった。
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