ツンツンで辛辣だった氷の幼馴染が、もう一人の幼馴染の登場でツンデレ化しました

五月 蒼

一章 東雲氷菓は幼馴染だった

第1話 東雲氷菓は幼馴染だった

「いってきまーす!」

「いってきま…………まぶし」


 俺は思わず目を細め、太陽の光を手で遮る。

 久々の日光は強烈過ぎる。


 春休みが明けると共に、俺の天国だった自堕落生活も自分の意思とは関係なく自動的に終わりを迎え、強制的に健康的な生活リズムを余儀なくされる。久しぶりに聞いたスマホのアラームに対して殺意が芽生えたのは言うまでもない。


 春休みは本当に天国だった。学校のせいで出来なかった責務タスクをこなす日々。例えばそれは、スカイツリー並みに積みあがった積みゲーを消化すること。例えばそれは、アメリカ人が食ってそうなハンバーガー程も積み重なったラノベを読むこと。例えばそれは、休みなんだからイベントするぞ! と盛り上がるスマホゲーを周回すること。


 生活リズム? 何それ、新しいリズムゲー? と言わんばかりの自由気ままなライフスタイルをこれでもかと謳歌した。


 両親が春休みに入るとともに海外へ転勤し、俺達兄妹だけが家に居ると言う監視者の居ない環境がそれを増長していたというのはご理解頂きたい。断じて俺が日ごろから堕落した生活を送っている訳ではないのだ。


 とは言え、"両親が居ない"という思春期なら飛んで喜び庭駆け回る状況を100%謳歌したか? と問われればそれはNOと言わざるを得ない。


 古今東西、様々な書物にはこう記されている。


「両親が家に居ない? だったら、家に彼女連れ込んじゃいなよ」


 と。…………俺は言いたい。そんなもん余計なお世話だと。


 そう、残念なことに、俺――真島伊織ましまいおりには彼女と呼べる異性が居なかった。それどころか、中学三年間、そして高校一年間を通して女友達どころか、女の子の知り合いと呼べる存在すら居なかった。中学一年生のとある時期までを除いては。


 さらに言うと、小学校を転校する前に仲の良かった男の子を除けば、俺は同性の仲の深い友達も居なかった。


 そんな俺が、高校に入ったからと言って即高校デビューが出来るかと言われればそんな訳はなく、見事に陰キャとしてクラスに馴染んでいた。あ、先生真島君が一人ですよ! っとクラスの学級委員長は良く俺を気遣ったが、本当余計なお世話だった。


 それはクラス替えのある二年でも、恐らくは変わらないだろうというマイナス方向への自信があった。


 だが俺はそんなこと毛ほども気にしてはいなかった。

 恋愛? 青春? 何それ? そんなものは面倒なだけだ。煩わしいものがなくてかえって生き易い。俺は平穏が一番さ。心が動くのも、身体を動かすのもエネルギーを消費する。きっと人生で使えるエネルギーは有限だ。それは燃え尽き症候群の存在が証明している。だから俺はエネルギーはなるべくセーブして生きるのだ。


 ――そんなことを考えながら、俺は太陽の熱にやられ、玄関を出た所でぼーっと立ち尽くす。


 すると、俺の先に外へ出た妹が、トタトタとその場で足踏みし振り返る。

 黒髪を靡かせ、小柄で小動物タイプの妹が、リュックの肩紐を掴みながら眉を八の字にして言う。


「お兄ちゃん! 早くいかないと春休み明け早々に遅刻しちゃうよ!」


 妹は俺と違ってまじめなのだ。だが、そこが可愛いところでもある。


「……我が妹よ。そんなに焦って早く行っても成績は上がりませんよ」

「成績の問題じゃないでしょ……。というか今成績関係ないし! 遅刻したら怒られちゃうでしょ!」

「遅刻なんかしないって、今からチャリで向かって全然間に合う時間だっての。普通のスピードでも学校まで10分。いま8時15分だからちんたら漕いでも十分間に合う。焦る必要ないんだよ」


 俺の主張を聞き、我が妹――真島瑠香ましまるかは、げんなりとした表情で肩を落とす。


「お兄ちゃん……百歩譲って遅刻はしないとしてもさあ、朝の時間に友達と話したりするとかなんかない訳?」

「ない」


 俺はきっぱりと自信満々に言う。

 それを聞いて、瑠香はまたがっくりと肩を落とす。


「そんな悲しいことを自信満々に言われても……。妹は悲しいです……」

「うるせーよ。いいからお前は中学行けよ。反対方向だろ?」

「わかってるよーだ! 可愛い妹が心配してあげてるんでしょ」

「それを人は余計なお世話と言うんだ」

「ああいえばこういう……もう知らないんだか――……あっ!」


 っと、さっきまで俺を可哀想な物を見る目で見ていた瑠香の視線が、左の方へと動く。

 呆れた様子で曇っていた瑠香の顔はパーっと輝き、ない胸を弾ませて声を張る。


「おはよう、氷菓ちゃん!」


 元気よく瑠香が挨拶したのは、俺達の隣の家からちょうど出てきた一人の少女へ対してだった。


 長い黒髪に透き通るような白い肌、そしてぱっちりとした目元。

 適度に付いた程よい肉に、小さな顔。そして、主張の激しい胸。

 恐らくすれ違う男は皆二度見をするであろう美少女っぷりだ。


 だがしかし、俺に限ってはその限りではなかった。

 何故か。それは、俺は中学時代からずっとこの少女のことを知っていたし、なんなら中学一年のある時期まではとても仲が良かったからだ。

 つまり、見慣れていると言う訳だ。


 そう、彼女は俺の幼馴染だ。

 ……いや、と言ったほうが良いかもしれない。


 幼馴染に過去形なんてものが存在するのかは一考の余地はあるが、現在の関係性はそう捉える他なかった。


 それは、これから起こる現象を見て貰えば分かるだろう。


「おはよう、瑠香ちゃん。今日も元気だねえ」

「うん! 氷菓ちゃんは今日も可愛いねえ」

「あはは、ありがと」

「ほら、お兄ちゃんも挨拶して! 久しぶりでしょ! 春休みはずっと引きこもってたんだから」


 強引に俺に話を振るな妹よ。空気を察しろ。それと引き籠ってたとか言うな、誤解を与えるだろ。……いやまあ事実だけど。

 ……だがしかし、妹の頼みだ。無視するわけにもいくまい。


 俺はポケットに手を突っ込んだまま、顔は決して氷菓の方を向かず、ぶっきら棒に呟く。あくまでクールに。


「……うっす」

「………………」


 しかし、沈黙。

 ひたすらに沈黙。分かってはいたが、やはり想定通りだった。


 やめてくれーこの静寂が俺の心臓を締め付ける。

 なんだこの拷問は。妹ながら俺の痛めつけ方をよく心得てやがる。


 氷菓はチラりと俺の方を一瞬見るが、俺と目が合うとぷいとそっぽを向く。


 そう、俺と氷菓は幼馴染だった。

 小学校二年の時に俺が転校してきて、隣の家だった氷菓と仲良くなるのは必然的な流れだった。朝一緒になることも多ければ、帰りも一緒になることも多い。


 瑠香の存在も大きかった。氷菓は一人っ子だから、瑠香のことを妹の様に可愛がり、良く三人で遊んだ。そうして俺たちは同じ中学校に上がり、これまで通りの関係が続く…………そう思っていたが、現実は甘くなかった。


 ある日を境に気が付くと氷菓と話すことは無くなり、一緒に登校することもなくなり、廊下ですれ違うと露骨に避けられるようになった。

 しばらくたって普通に話しかけてくれるようにはなったが、残念ながら元の関係には戻らず、口を開けば暴言紛いの言葉が飛んでくるようになった。


 別に俺としては氷菓と口がきけなくなろうが一向に構わないのだが、一方的に敵意のようなものを向けられるのはなかなか納得がいかないところもある。一体なにがあってそうなってしまったのか……その理由についてを聞くのは、今となっては不可能だ。


「……春休み中ずっと引きこもりって……相変わらず陰キャね。だから友達も出来ないのよ」


 痛い。ストレートパンチは止めろ。


「うっせえな。ほっとけ」


 氷菓は悪そうな顔で笑みを浮かべる。


「新クラスではボッチじゃないといいわね~。ま、無理だろうけど」

「酷くないっすか?」

「事実ですけど。事実を言ってくれるのなんて私くらいしかいないんだから感謝して欲しいくらいよ」

「なんだその言い分は……」


 氷菓は名前通り冷ややかな視線を俺に浴びせると、チャリに跨る。


「じゃあね、瑠香ちゃん。中学頑張ってね」

「うん! じゃあね、氷菓ちゃん!」

「――で、そっちの人は後から来てよね。一緒に登校したと思われたくないから」


 そう言って、氷菓は自転車を漕いでサーっと行ってしまった。

 相変わらずだな……余程俺のことが憎いらしい。その割に嫌味を言いに構ってくるんだから余計質が悪い。放っておけというのに……。


 取り残された俺に向けられる、瑠香からの憐憫の視線が痛い。


 瑠香は大きくため息をつく。


「はぁ…………本当お兄ちゃん一体氷菓ちゃんに何したの?」

「心当たりはねえ。強いて言えば何もしなかった」

「あの優しい氷菓ちゃんがあんなに冷たいの何てお兄ちゃんくらいだよ? ひょっとして強引に押し倒そうとしたとか――」

「してない! 断じてしてない! 冗談でもそんなこと言うなよ、このご時世どこで誰が聞いてるか分からないんだぞ。お兄ちゃんが明日から陽の光の下を歩けなくなったらどうするの」

「引きこもりのお兄ちゃんは喜びそうだけど……」

「さすがの俺もそんな外からの圧力で引きこもりたくねえよ……」


 まったく……。

 と、俺は諦念の溜息を漏らす。


 そんなこんなで慌ただしい朝を送り、瑠香は遅刻する! っと慌てて走り出した。


 今日からまた代り映えのしない高校生活が始まる。人生の中のたった三年間で、俺にとっては特別意味もないただの三年間。その二年目が。


 俺は太陽を見上げ、もう一度深くため息を吐く。チャリに跨り、俺は重い脚を何とか動かし、ゆっくりと車輪を回す。


 なぜこんなに足が重いか。勿論春休み明けというのもある。

 どうせ高校に行ったところでこれといって楽しいことがある訳でもないというのもある。


 だが、何よりも俺の足を重くしているもの…………それは、二年生からの新しいクラス。

 進級時に行われたクラス替えにより、氷の女――――東雲氷菓が同じクラスになってしまったという事実だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る