第4話 東雲氷菓は告白される

 世の中にはカップルという物が存在する。

 人目もはばからずイチャイチャイチャイチャ、二人だけの世界に閉じこもり好きだの愛してるだの囁き合う関係。記念日、バレンタイン、クリスマス、誕生日……ことあるごとにお祝いをし合う。


 別に? 羨ましくねえし?

 一人で居た方が気楽で良いに決まってる。


 そしてカップルというのはある儀式を行ってからなるものである。ある日突然、目が覚めるとカップルになっていた、何て言うファンタジー展開は存在しない。トラックに轢かれて異世界に転生するくらい有り得ない。


 ではどうすればカップルに成れるのか。


 そう、"告白"である。


 自慢じゃないが、俺は生まれてこの方告白されたことがない。

 中学生という多感で、異性なら誰でも付き合ってみたい、という頭ガバガバな環境でさえ、告白されることは三年間終ぞなかった。


 だが、こんな俺にも黒歴史というものがある。

 

 忘れもしない中学一年の夏。

 俺は隣の席になった島崎日和という女の子が好きになった。きっかけは他愛もないことだった。クールキャラで通していた俺はいつも通りクールぶっていた訳だが、何を思ったか島崎は俺のことを良くからかった。俺の話に楽しそうに笑ったり、俺の肩を叩いて大笑いしたり、とにかくボディタッチが多かった。


 俺は完全に舞い上がっていた。

 そりゃあれだけフレンドリーに、何の抵抗もなく身体を触られれば勘違いしてもおかしくない。断じて俺がチョロい訳じゃない。


 それを話した時の氷菓の呆れた顔は忘れられない。恐らくあれは女同士勘と言う奴なのだろう。氷菓には分かっていたのだ。


 俺は意を決してラブレターを渡し、放課後の教室へ彼女を呼び出した。


 今日から俺も彼女が出来るのか……そんなことを思いながら島崎を待ち、彼女が教室へ来た時、俺は告白した。


 島崎は驚いた様子で目を見開き、少しの沈黙の後こう言った。


「ごめん、私彼氏いるから。勘違いさせてごめんね? ……ていうか、告白でポエムは寒いよ」


 思い返すだけで恥ずかしい過去である。

 それ以来、島崎が俺に話しかけてくることは無くなった。

 それからだろうか。俺が女の子を避けるようになったのは。思い返せば氷菓が俺に当たりが強くなったのもこの辺りかもしれない。


 ――でだ。何故俺がこんな事を思い出しているかと言うと。それは、昼休みに遡る。


◇ ◆ ◇


「あはは――って、どうしたの氷菓?」

「暗いじゃん? 何かあったか?」

「あのー実は……」


 氷菓は何やら手紙のような物を机の上に出す。


 俺の席からは何の手紙かまでは見えなかったが、周りの奴らの反応が、すぐにそれが何なのかを説明してくれた。


「これって……ラブレター!?」

「うっお、マジ!?」

「はは、凄いな。モテるな東雲は」


 ラブレターだと……? あの氷菓が!?

 氷菓はまたも俺の方をチラッと見る。だが今度は俺は意地でも視線をそらさない。


 すると、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「もう毎週のように告られて疲れちゃうよ」


 毎週だと……!?

 何だその勝ち誇った顔は。止めろマジで。


「本当何回目って感じじゃん。ワタシにも分けて欲しいんだけどー」

「梓だってモテるじゃん」

「ワタシなんか目じゃないって! で、誰なの今回は」

「六組の久遠って人」

「えっ、マジ!? ちょーイケメンじゃん!」

「俺も知ってるよ、久遠か……確かにあいつイケメンだよな。サッカー部のエースらしいし」

「真人も同じくらいイケメンっしょ」

「あはは、ありがとう」


 おいおい、イケメンだと……?

 そんな奴が氷菓に告白!? どうなってんだ……氷菓よ、お前はどこまで行く気だ……。


「で、どこに呼び出しされたん?」

「放課後に六組の教室だって」

「うえ~めっちゃ自信満々じゃん! 氷菓ちゃんに断られる気サラサラないやつ。放課後だったら人も全然残ってそうだぜ」

「度胸あんねえ、久遠。どうすんのさ氷菓」

「まあ、ちょっと考えてみるよ」


◇ ◆ ◇


 そして現在、俺がどこにいるかと言うと。


「ねえねえ、久遠君告白するって」

「えっ、二組の東雲さんに!?」

「新学期早々ビックカップルが早くも成立か……やっぱイケメンと美少女は付き合う運命なんだなあ」

「くそ、抜け駆けされた!! 俺も東雲さん狙ってたのに!」

「お前には無理だ」

「久遠君……私達のアイドルが……」


 六組の人間だけではなく、他の組のやじ馬たちも六組の教室の外に集まっていた。

 そして教室の中には久遠とか言うイケメンが。


 俺はこっそりと見学するため、大混雑の一番後ろで時折背伸びをして中の様子を伺う。


 こんな中で堂々告白とか本当に自信満々だな……何だかムカつく。

 イケメンからの告白とか、氷菓の奴いつのまにそんな……しかも俺が知らないだけで何回も告白されてるみたいだし。まだ入学してから一月ちょっとしか経ってませんけど!? 皆さん手が早くないですかね。


 別に俺は氷菓が付き合うことになるとかどうでもいいのだが…………少しだけ。少しだけ見て帰ろう。

 まだ氷菓の奴は来てないみたいだが――


「あんたこんなところで何やってるのよ」


 不意に声を掛けられ、俺はドキッとして身体を震わせる。


「なっ! ……んだよ、氷菓かよ」

「何だよとは何よ。こんなところで何してるのよ。……あ、まさか私が誰かと付き合うことになるんじゃって心配になって見に来ちゃったのかしら」


 いつものニヤニヤとした顔で、氷菓は俺を見下すように顎を上げる。


「だ、断じて違う。俺はまずゴシップには興味がない。お前のゴシップなら尚更な」

「ふーん……じゃあ私が付き合ってもいいんだ」

「好きにしろよ。俺には関係ないね」


 そう、好きにすれば良い。俺には関係ない。

 ただ何となく。先を越されるのが気に食わないだけだ。


「あっそ。久遠君ってあんたと違ってイケメンだからねー。あんな人に告白されたら誰だって断らないわよ」

「だろうな。良かったじゃないか、地味だったころの氷菓からは考えられない大出世だな」

「地味で悪かったわね!」

「しょ、小中の時は地味だっただろ……」

「否定はしないけど……。いいわ、別に私だってあんたがどう思おうと答えは決まってるし。さっさと答えてこよっと」


 そう言って氷菓は教室へと向かおうとする。

 これで氷菓もカップルか。しかも美男美女……。


 …………ムカつくな。

 何度も言うが、俺達は幼馴染だった。スタートラインも同じだったはずなのに……。


「――ちょっと待てよ」

「……何よ」


 氷菓は脚を止め振り返る。


「お、お前はその……」

「ねえ、ハキハキ喋ってくれない? 人待たせてるんだけど」

「お前はそいつのこと好き……なのかよ」

「久遠君?」


 俺は頷く。


「別に」

「はあ!? お互いいい雰囲気だから告白されたんじゃねえのかよ」

「だって私久遠君と話したこともないし」

「じゃあなんで告白されるんだよ……」

「知らないわよ。どっかで私のこと見てたとか? どこかの誰かさんみたいに」

「俺は見てねえよ!!」

「えー、私はあんただって一言も言ってないけど。……まさか心当たりでもある訳?」


 煽るように笑みを浮かべる氷菓。

 こいつマジで性格悪くなったな。俺を陥れバカにするのが楽しくて仕方ないみたいだ。こんな女を好きな奴がいるとか正気かよ、信じられねえ。……いや、だからこそ見た事しかない、外見だけで告白してる訳か。


「……心当たりなんてねえよ」

「あっそー。良く視線感じるんだけどなあ……いやらしい視線が」

「気のせい気のせい。少し容姿が変わったからって自意識過剰なんじゃねえか」


 俺は呆れるように手をヒラヒラと泳がせる。


「ほんっとうざい。もう行くから私。じゃあね」

「お、おい」

「何よさっきから……もう本当に待たせてるから行きたんだけど」

「…………」


 やっぱりこいつに先を越されるのは許せねえ。

 断っておきたいが、全然おれはこいつが好きとかそういうことじゃない。だった有り得るか? ほぼ三年間に渡りこうやってバカにされてきた奴を好きになる奴なんていないだろ。居たら相当なドМだ。


「ちゃんと考えたのかよ。付き合うならもっと本気で好きな奴にしろよ」

「はあ? 本当きもいんだけど。なんであんたに指図されなきゃいけない訳? 純愛ってやつ? いつからそんなロマンチストになったのよ」

「ちげえよ。だから…………周りに本当はお前のこと好きな奴が居るんじゃねえのってことだよ」


 例えば、真人とかいううちのクラスのイケメン。

 氷菓と一緒によくいるし、まだ知らねえイケメンよりはマシだろ。


 すると、氷菓は思った以上に面食らったような顔でピタッと動きを止める。


「ど、どういう意味よ……」

 

 何でこの人動揺してるんですかね。刑事ドラマで犯人が追いつめられた時くらい焦ってますけど。


「どういう意味って、言ったまんまの意味だけど」

「…………わ、私が気付いてないだけでいるかもってこと?」

「? だからそうだよ。まだお前も相手のこと知ってる奴の方がいいだろ。イケメンなら誰でもいいならただのビッチだぞ」


 勢いあまってビッチなんて言ってしまったが、予想外にもそれに対する罵倒は飛んでこなかった。

 どうやら何かが上手い具合に氷菓の心に刺さったらしい。


 氷菓は気まずそうに目をキョロキョロさせ、前髪をいじいじと触る。


「そ、それが言いたかっただけ?」

「ま、まあそうだが……」

「ふ、ふーん……そのためだけにわざわざ見学に来てたのね。気持ち悪い、非モテだからってひがまないでよね」


 ま、そう思うわな……今回ばかりは罵倒が正論過ぎて何も言い返せねえ。


「うるせえよ……」

「――も、もう行くから! 本当こういうのやめてよね!」


 そう言って氷菓は駆け足で六組へと入って行った。

 それと同時に、周りに来ていたやじ馬たちがやいやいと騒ぎ出す。


 恐らくは新学期早々のビックイベントだろう。

 

 これで明日からはあいつはカップルか……うわー何か負けた気がする。


 今まで負けた気でいなかったの? と言いたいだろうが、待って欲しい。結果が伴っていないなら同列なのだ。

 死ぬ気で勉強してる奴も、俺の様に全然してない奴も、試験の結果が分かるまでは同列なのだ。……まあ結果が分かればすぐに判明してしまう儚い命だが。


 そして、恐らく結果はもうこの後出る。


 俺は溜息をつき、六組の教室を離れる。

 なんだかそこに居るのは酷く場違いな気がして(というか誰この人……という視線が痛いし、同じクラスの奴も居るから噂されそうで嫌だった)、俺は堪らず逃げるように学校を後にした。




 だが、驚いたことに俺の予想は大きく外れた。


 ほぼ確実だと思っていた結果が覆されたことに、俺は少し頭を捻ってみたがこれと言って答えは出なかった。

 精々ビッチと思われるのが嫌だったくらいか。何はともあれ、俺の劣等感が刺激されるという事態だけは何とか避けられた。


 ――そう、氷菓はあの優良物件であるイケメンの告白を、正面から断ったのだった。

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