第122話 居場所になってくれるんだ?

「もう、何を言うかと思ったら」


 困ったような笑いをシアが見せる。


「悪女になれだなんて、ヒツジくんは非道ひどいこと言うのね」

「『悪い女』って言い出したのはシアの方からだ」

「そうだけど……普通だったら『シアは悪女なんかじゃない』って言ってくれるのが恋人じゃないかしら?」


 非難の言葉ほど、シアの表情は険しくない。


「その薄っぺらい発言でシアが喜ぶのならいくらでも言う。けど、シアは違うだろ」

「そうね。『嘘つかないで』――そう返すんじゃないかしら」

「ほらみろ」

「……クスッ」


 力の抜けたような笑いが漏れ出していた。

 でもそれは、あきらめや悲しみとは無縁のもの。


「ヒツジくんは自分の彼女がそういう『ひとでなし』でいいわけ?」

「そういう恋人だとずっと思ってる」

「あら、非道い」

「そうでもない。シアはずっと謎ばっかりで、思わせぶりな発言が多くて、ろくに話したことない俺に『好き』なんて伝えてさ。その上キスまでしてきた」


 思っていることを、飾らずに話していく。

 今はその方が良いように思えた。

 嘘の関係でシアが苦しんできたのなら、俺とシアの関係に、遠慮は無用だ。


「今まで翻弄されてきた身としては、もう十分に悪女だよ」

「それだけ聞くと、否定のしようもないわ」


 クスクスとシアが笑っている。

 俺の容赦のない言い方で、気を悪くした様子はない。

 むしろ、いつもの楽しげなシアが戻ってきてる。


「でも、それが楽しかったのも間違いないかな」

「あらら、もてあそばれて楽しかったなんて、ちょっと変態チックね」

「それを言うなら、弄んでくるシアは変態を作り出すの名人だ」

「えー、そんな名人にはなりたくないなぁ」


 困り笑いになるが、それもどこか冗談めいた気安い様子がある。


「それでも、そんなシアの方が、幸せそうだから俺は好きだ」

「……急に告白、入れてこないでよ」

「こうしないとシアの照れた顔を見られる機会があまりないし」

「私が動揺するの見たいんだ。イジワルな人ね」

「シアだって俺が動揺するの見たくて、からかってくるのに?」

「……そりゃ、『悪女』ですから」


 シアがウインクしてみせる。

 『悪い女』と自嘲したときとは違っている。

 もちろん、この会話だけでシアの心が完全に晴れることはないだろう。


「……さ、俺の思ってることは言った」


 でも、本心で向かい合うひとがいるということは知ってもらいたかった。


「そうね。忌憚きたんのない意見をありがとう」

「だから、今度はシアの番」

「……あ」


 シアが短く息を呑む。

 俺の言わんとしていることを理解したのだろう。


「シアも、両親に伝えたいことは伝えていいんじゃないかな」

「……結果、ひどいことになるかもしれないのに?」

「シアの両親が目を背けてたことに、向き合うだけさ」

「……私の居場所がなくなるかも」

「ここに住んでるんだから、今さらだ」


 その発言が出る可能性は考えいたから、努めて何でもないことのように言う。


「え……?」


 シアがこちらをじっと見つめてくる。思わず目をそらしてしまう。


「別に、シアがここにいたけりゃ、いていい」

「……ヒツジくんが、居場所になってくれるんだ?」


 話の核心をシアが問いかける。

 その瞳には、イタズラっぽいものが浮かんでいる。


「…………」

「だんまりはダメよ。とっても重要なことを聞いているんだから。答えて」


 曖昧にする話でないことはわかっているが、照れる。


「……そうだ。俺が居場所になってやる」

「ふふふ、恥ずかしいセリフだ」

「じゃ、言わせるなよ」


 実際、口に出すと顔が熱くなって息が上がるほど恥ずかしい。


「でも、とっても嬉しい言葉だから、言って欲しかったの」


 そう、悪女は晴れやかな笑みを見せるのだった。

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