13章 恋人は悪くていい女
第123話 ね、お願い
「ね、お願い」
ひと足先に風呂に入り、ベッドの上に座って髪を乾かしていたシアが、風呂から上がった俺を見上げてくる。
「今日は同じの布団で寝ちゃダメ?」
「えっ」
「いいでしょ? 恋人同士なんだし♪」
「…………」
断ることも、できたと思う。
だが……。
「今夜は私達の、最後の夜になるんだし」
「一度帰るだけだろ?」
「ふふふ、でも、ゴールデンウィークいっぱい楽しむ予定だったのに、こうなっちゃったから……ダメ?」
シアが含み笑いと共に聞いてくる。
そこには、『帰る』という事態すら、二人で眠るチャンスに変えようとする強かな一面が覗いている。いつものシアといった感じだ。
「わかったよ」
そんなシアを邪険に扱えるほど、俺も恋人に厳しくはできない。
……いや、それも言い訳。
シアと一緒に眠れたらと思っている。
好きな子がそばにいる『最後』の夜だから。
「やった! それじゃ、おじゃましまーす」
いそいそとシアが毛布を抱えてこちらの布団へやってくる。
「待った」
「あら? 言ったことを飲み込むの?」
「なんでわざわざ、寝心地のいいベッドからこっちに来るんだよ」
「あっ、それもそうね……ふふふ、それじゃ、いらっしゃ~い♪」
目を細め、
誘惑めいた台詞に少しばかりドキリとなるが、俺を照れさせたいシアの手だろう。
努めて平静を装いながら、ベッドにお邪魔する。
「ん……」
ふんわりと、鼻をくすぐるシアの匂い。
すっかりこのベッドはシアの空間になっていた。
別に意図的にかいでるわけじゃないのに、シアの匂いを感じるから、何故かイケナイコトをしているように思える。
「ふふふ、狭いねぇ」
「なんで狭いのに嬉しそうなんだ」
「だって、その分、ヒツジくんが近いじゃない」
「……ま、それは」
二人用のベッドではないから、俺とシアが並んで寝転べば、残りのスペースはほどんどない。
意識しなくても、シアの吐息がすぐそばで聞こえる。
知らずと、心音が高まっていく。
「…………」
『平静を装う』なんて無理な気がした。
「……シア。本当に一人で良いのか?」
少しばかり真面目な話をして、ドキドキを抑え込む。
「ん。だいじょーぶ」
両親に気持ちを伝えるために、シアが帰ることにした時、当然、俺も同行しようと思っていた。焚き付けておいて、「あとはよろしく」じゃ、あんまりにも無責任だ。
「ちゃんと、私が伝えるよ」
でも、シアはそれを断った。
「ヒツジくんと一緒だと、頼っちゃいそうだから。言いたいこと、ヒツジくんに任せちゃいそう」
「それでも良いんだけど」
「だーめ」
横を見れば、うつぶせで枕を抱え込むようにしているシアがこちらを向いてフッと笑う。
長い黒髪から覗く瞳が、意志を伴って、暗闇の中でもはっきりわかる。
「言えなかったから、こうなっちゃったんだから。ちゃんとけじめ、つけないと」
「そっか……わかった。頑張れ」
「ふふふ、頑張る!」
言いながら、シアが身体を寄せてくる。
「シア?」
「一緒に寝るんだから、このくらい当然でしょ?」
シアの方を向いていたから、お互い対面する形だ。
その上、シアが身体を丸めてこちらに寄るから、俺がすっぽりシアを包んでいるような体勢になる。
「はぁ……あったか~い♪」
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