第113話 恋人のたなごころ

「ふふふ~♪」


 店を出ると、シアが腕に抱きついてくる。

 背後の店員さんの微笑ましそうに見つめる視線がこそばゆい。


「大事にする」


 ペンダントをしまったポケットを、嬉しそうにシアが撫でる。


「大事にするのは嬉しいけど、使ってくれるともっと嬉しいかな」

「もちろん! でも今日はダメ」

「なんで?」

「ふっふふ~、わかってないなぁ、ヒツジくんは」


 シアが得意げに人差し指をピンと立てる。


「せっかくのプレゼントなんだから、一番似合う服装の時に着けなくちゃ!」

「今の服装でも似合うと思うけどなー」

「ありがと。でも、恋人としては最高の状態で見てもらって、もっともっと惚れさせたいの」

「それで、今日はおあずけ?」

「そういうこと。うーん、合いそうなおしゃれ……」


 顎に手を当てて、シアが中空を見つめながら思案する。

 急ぐ理由もないので、俺も立ち止まってシアの考えを待つ。


「うんっ! 今持ってる服に、合いそうなのがない!」

「ということは?」

「服屋さん、寄ってっていい?」

「いいけど……なんか悪いな、シアの方がお金使いそうだ」

「問題なし、ヒツジくんの初めてのプレゼントに全力で応えたいのは私のエゴだから。さ、行きましょ」


 目的地へ向けて、シアが俺の腕を引っ張る。


「こっち?」

「うん、よくコトちゃんと行く服屋さんがあるの。ヒツジくんは普段、どこで買ってるの?」

「どこでって……あんまり考えたことないな」

「えっ、そうなの?」

「靴下とか、下に着るシャツとかはスーパーの安売りを狙うし……友だち連中と行くときは他のやつが行くところについていって、気に入ったの買うぐらい、かな」

「へぇ……男の子ってそうなの?」

「男全体にそう言えるかはわからないけど、後はまぁ……親が買ってきたのかな」

「ふーん……」


 うんうんとシアがうなずく。


「他の男子とそういう話しないの?」

「男の子の友だちって元々いないし」

「まぁ……そうか」

「ある意味、ちゃんと友だちって言えるのは、ヒツジくんが初めてかな! ああ、でも恋人だから友だちっていうのも違うかも?」


 そんなところを悩んでいるシアに少しおかしく思ってしまう。

 とはいえ、シアの男性に対する見解を聞いていると、男友達はいなかったのだろうなというのは、納得なのだが。


「クスッ、ヒツジくんにまた、初めて、奪われちゃったね」

「……まぁ」

「わ、照れてる……やっぱりそうなんだ……」

「え、なにが?」

「男の人は女の子の『初めて』って言葉が好きなんだって。伴野さんが言ってたよ」

「なんつーこと……って、伴野とそんな話を?」

「うん、あの後、明宮さんとも普通に話すし」

「そうなのか……」


 あんなことがあっても、特に気にしないのだろうか。

 女子たちの関係はよくわからない。


「大丈夫。男の子に関しては、ぜんぶぜんぶ、ヒツジくんが初めてよ♪」

「……サンキュ」

「ふふ、お礼を言われちゃうほどなんだ。いいものね、ヒツジくんとの初めて」


 シアはよくわかってないのだろうけど……それでもドキドキさせるんだから空恐ろしい子だ。

 これで『そういう』知識がついたら、男をたなごころの上で転がす女になるかもしれない。


「もうすぐいつも行ってるお店につくの。ヒツジくんは――」


 俺を照れさせ上機嫌になったシアが、そのテンションのまま俺に話しかけ――


「――あ」


 急に、立ち止まった。

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