第112話 夜桜のペンダント

「はぁ……たんのーたんのー!」


 喫茶店を出たシアが、お腹を撫でつつ満足そうな嘆息を漏らす。


「楽しみいただけたのなら幸いだな」

「うん! でも、ヒツジくん。あなたは私をもっと楽しくできるんだけど?」


 シアが茶目っ気たっぷりに片手を軽く振る。


「お嬢さまの仰せのままに……ってか?」


 シアの手を取り、指を絡ませる。


「ふふふ」

「う、笑わなくてもいいだろ」


 我ながら芝居がかってたし、カッコつけた台詞だったことも自覚している。


「うぅん、ごめん。これは楽しくて笑ってるのよ」

「ホントに?」

「あら、私が嘘をつかないことは、ヒツジくんもとっくにご存知だと思ったけど」

「自信満々に言うシアも、とっくにご承知だけどな」

「ふふ、わかってるぅ♪」


 俺の言葉に大きくうなずくシアに苦笑して、そのまま歩きだす。

 腕を組むときのような密着感や接近感はないが、その代わりつないだ手と手の一点を意識してしまう。

 重なる手の感触や、じんわりと届くぬくもり。

 大胆さはないが、その分染み込むような感覚。


「ふふっ」


 シアも同じ気持ちなのだろうか。俺を見上げて目を細める。

 たったそれだけのふれあいなのに、心が弾むように思える。


「あっ、ヒツジくん、見て」


 商店街を歩いていると、シアが指差す。

 その先には雑貨屋があり、店頭から店の中までたくさんの小物が置いてある。

 ペンダントとかイヤリングとか財布とか鏡などなど……が置いてあるのだと思う。


 なぜ『思う』かといえば、普段、自分が立ち寄ることがまずない場所だからだ。


「可愛い~。ちょっと見てもいい?」

「ん、いいぞ」

「やった♪」


 さっそくお店に並んでいるアクセサリーをあれこれと見つめている。


「……こんななんだな」


 まさしく『小物屋』と形容するのが正しい形で、壁や店内に設けられたテーブルには、所狭しとペンダントや指輪、イヤリングにブレスレット。それ以外も、ハンカチやリボンと言ったものから、置物や文房具まである。

 値段もピンからキリまで。

 興味はなくても『可愛い』のだろうな、というのはわかる。


「ふふふ、慣れてないって顔してる」

「実際そうだからなぁ」

「そんな慣れないお店に入って大丈夫?」

「一人だったら絶対ムリ」

「それじゃ、私のおかげだ」


 クスクスとシアが楽しそうな笑みを漏らしてる。

 不慣れな俺の反応も見たかったのかもしれない。


「わっ、これ可愛い」


 シンプルなチェーンの先に、桜の花をあしらったペンダントを手に取る。


「へぇ、シアっぽい」

「私ってこういう印象?」

「出会ったのが夜桜の時だったから、シアに植物を当てはめるなら桜かな」

「なるほど……つまりパッと咲いてパッと散る! 太く短くって感じなのかしら?」

「なんで、そんな漢らしい方だと思ったんだ」


 とはいえ、どこか浮世離れしている雰囲気もあるシアは桜の儚いイメージも似合う気がする。

 ……口を開けばそうでもないんだけど。


「そうじゃなくて、暗い中でも浮き出たような鮮やかさとか、美しさとか……」

「ふふふー♪」

「ん?」

「すごい褒め方するね」

「あ……」


 夜桜のことを思い出して言ったものの、これじゃ『シアもそうである』と言ったようなものだ。頬が熱くなる。


「ヒツジくんったら、ベタぼれなんだからぁ♪」


 嬉しそうにシアが追い打ちをかけてくる。


「そうなりたかったんだろ」

「御名答♪」


 余裕たっぷりなシアを見ているとちょっと悔しいが、素直な言葉に“恋人”であることを意識してしまう。


 ……恋人、か。


「それ、買う」


 シアの手からペンダントを受け取る。

 値段も、思ったほど高くはない。


「へ?」

「シアにプレゼント」

「えっ、ええっ!? そんなの悪いよ!」


 さっきまでの余裕綽々しゃくしゃくな様子などこへやら。

 思った以上にシアが慌てだす。


「悪くはないって、恋人にプレゼントしたいって別に変じゃないだろ」

「でも、別にもらうような特別なこと、してないし……」

「してる。それはいくらなんでも心外すぎだ」

「え?」

「デートって特別なことじゃん」

「特別だけど……」

「それに、今日は“恋人”になってから初デートだ」

「あ……」


 シアが目を丸くする。

 デートは以前も行ったけど、俺の気持ちが定まってからは初めてだ。


「これ以上ないってぐらい、『特別』だろ?」

「……ん」


 シアがつないでいた手をにぎる力を強くする。


「……ありがと、嬉しい」


 その声はそっと囁くようだったが、抑えきれない嬉しさから少し震えていた。

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