第111話 羊の家族、悪女の家族

「どんな人って言っても……別に普通の人達だと思うけど」

「普通って? 息子を一人暮らしさせる親って普通かなぁ?」

「ま、確かにそれもそうか」


 もっともな言葉に苦笑が漏れてしまう。


「親父は普通の会社員かな。地方に転勤したんだけどさ。もともとそっちに住みたかったらしくて、引っ越したんだ」

「へぇ……お母さんも?」

「ああ、引越し先でさっさと仕事見つけてさー。母親のほうが世渡り上手いっていうか、強かもなぁ」

「そうなんだ。ヒツジくんは、一緒に行こうと思わなかったの?」

「俺は編入試験受けるのが面倒だなーって思ったんだ。だから相談したら、一人暮らしするってことになったわけ」

「それって――明宮さんのことがやっぱり気にかかってたから?」

「…………」

「ふふ、イジワルな質問だったかな」


 俺が押し黙ったことにシアが肩をすくめる。


「……図星だよ」

「あら、素直」

「シアには知られちゃってるし」

「それもそっか」


 今さら明宮のことで慌てることもない。

 むしろ、秘密の共有しているという気分だ。


「親御さんたちと一緒に行かなかったから、私と会えたんだね」

「……だな」


 塞翁さいおうが馬……だったか。

 人の幸不幸は予測できないもの……本当に世の中はわからない。


「でも、一人暮らしを許してくれたんだね。優しい人達なのかな」

「優しいっていうか、互いにそこまで干渉しないだけだと思うけど」

「そうなの?」

「息子と親ってのはだいたいそんなもんだよ」

「ふーん……そうなんだ」


 クリームソーダのアイスをまたひと口食べながら、シアが思案するように咥えたスプーンを上下に揺らす。


「ヒツジくん、ご両親と仲は良さそうな気がする」

「良くも悪くも無いとないって感じかな」


 両親との仲の良さなんて考えたこともない。

 まぁ、それなりに……って印象だ。


「シアは――」


 ――シアの家族ってどんなふうなんだ?


 問いかけようとした質問を飲み込む。

 シアがどういう理由で今、俺と暮らしているかはわからない。

 だが、普通に考えれば『家出』してきている可能性は大。

 だとしたら、原因は間違いなく家庭環境や家族にある。


 少なくとも仲良し……ということはないと思う。

 仲が良ければ家族の話をするだろうし。


「うん?」

「いや、スプーン。行儀悪い」

「あはっ、ごめん」


 パッとスプーンを口から離して苦笑い。


「あ、お詫びにアイス、ひと口いる?」

「ん……もらう」

「へ?」


 冗談交じりにひと口すくって差し出してきたシアに頷く。


「あ、えと……いいの?」

「くれるって提案したのはシアじゃん」

「ま、まぁ……そうなんだけど


 まさか俺がそう来るとは思ってなかったのか、シアが目をしばたく。

 家族の話をしようとしたのを悟られないために、話題を変えたほうがいい。

 恥ずかしいけど、相手が慌てていると、案外こっちは冷静になるものだ。


「それじゃ……あーん」


 ゆるゆると差し出してくれたアイスをひと口で食べる。

 冷たくもクリーミーなアイス。

 普段食べるバニラアイスより、甘くて心があたたかくなる味だった。

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