第110話 華燭への道筋

「え? 親御さんに挨拶?」

「うん、ヒツジくんの家族はご両親?」

「一人っ子だし、そうなるけど」

「ふふふ、だったらお義父さんとお義母さんには、しっかりご挨拶しないと♪」

「お、おとうさん、おかあさんって……」


 危険な響きだ。

 何段階もすっ飛ばしたことをシアが言ってるような気がする!!


「将来、一緒になるなら、やっぱりご家族と顔を会わせておかないと♪」

「え? 一緒ってつまり……」

「私達が結婚するって話のことだけど?」

「ぶっ!?」


 口に何も入ってなくてよかった。

 そうでなかったら、間違いなく吹き出していたに違いない。


「け、けけ結婚って……!!」

「婚姻、入籍、祝言、華燭かしょく……何でも良いけど、つまりそういうこと」


 いつものようにあっさり言うと、どこ吹く風でクリームソーダを飲んでいる。


「そんなこと、急に言われても」

「あ……ヒツジくん、考えてなかったんだ……? 私のこと好きってあんなに情熱に伝えてきたのに……悲しいなぁ」

「うっ」


 本当に悲しそうな顔を作るのだから、こちらとしては良心の呵責かしゃくを覚えてしまう。


「でも、俺達学生だし……」

「あら、私はもう結婚できるし、ヒツジくんだって来年には可能だけど?」

「そりゃ、法律上ではそうだけどさ!」

「なぁに?」


 目を細めると、一転楽しそうな瞳を揺らしてこちらを見つめてくる。


 これは……からかわれている!!


「……正直、そこまで考えてなかったよ」

「そっかぁ……」


 焦ってもシアのペースに乗るだけなので、認めることにする。


「でも、シアとの関係をないがしろにするつもりはなかった。想像してなかったっていうのと、付き合ったばかりだからそれどころじゃなかったのもあったし……」


 言いながら、ものすごい言い訳を口走っていると自覚してしまう。


「…………」


 当のシアは目を見開くと、じっと俺を見つめている。



「……悪い、言い訳なのはわかってる」

「あっ、うぅん、そういうことじゃなくて!」


 シアが慌てたようにブンブンと首を大きく横に振った。


「真面目に考えてくれてるんだなぁ……ってびっくりしたの」

「いや、『考えてなかった』って言ったつもりだけど?」

「うん。でも今、ちゃんと考えようとしてくれてるから……嬉しいよ♪」


 にへら、と気の抜けた笑顔。

 ほとんど見たことのない、その笑顔にドキリとしてしまう。

 今日だけでもシアは今まで見せたことのない表情をたくさん見せてくれる。


「そりゃ、遊びでシアと付き合ってるわけじゃないし」


 将来のなんて、まったくわからない。

 だが、シアという恋人に対して、半端な気持ちで向き合うつもりもない。

 シアにも失礼だし、明宮とのことも無意味になってしまう。


「うん、ありがと……ホント、ヒツジくんっていい人だよね」

「いい人って褒めてないなぁ」

「あはっ、ごめんごめん。これでも褒めてるの。やっぱりご両親の影響?」

「どうだろうな……うちはけっこう、放任っぽいところがあるからなぁ」

「一人暮らしさせちゃうぐらいだもんね」

「そういうこと。ゴールデンウィークにもこっちに来ないみたいだし」


 シアのことを、どう説明したものやらと考えていたので好都合ではあるが。


「そうなんだ……ねぇ、ヒツジくんのご両親ってどんな人達?」

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