第109話 クリームソーダに隠れて

「えっ」

「あら、今さら恥ずかしがることなんてあるかしら?」


 ケーキを差し出して、シアが茶目っ気たっぷりに聞いてくる。


「今さらって初めてだろ」

「でもヒツジくん、私にはしてくれたよねー♪」

「それはシアが寝ぼけてたからで……」


 言いつつ周囲に目を向ければ、やはりというかチラチラと視線を感じる。


「したことには変わらないでしょ。自分でやっておいて私にはやらせないなんて理屈、ちょっとずるいんじゃないかなぁ?」


 無茶苦茶な理屈なのに堂々言われると、そういうものかもしれないと思えてくる話し方だ。シアは正直者だからいいが、そうでなかったらなかなかの詐欺師になれたかもしれない。


「なーんか、失礼なこと思われてる気がする……」

「『勘もいい』も付け足しておく」

「あっ、やっぱり余計なコト考えてたんだ! もうっ、恋人があーんしてるのに、それ以外のことを考えるなんて、めっ」


 口をとがらせたシアに、叱られてしまった。


「ほらほら、このケーキもヒツジくんに食べて欲しい~って泣いてるよ~」


 フォークの先を軽く揺すってもう一度『あーん』の動き。

 シアがここで引き下がるタイプでないこともよく知っている。


「……いただきます」


 観念して、ひと口で食べる。

 チョコレートの甘さより、ほろ苦さを舌に感じた気がした。


「ふふふ、おいしーでしょ」

「……美味い」

「私が食べさせたから?」

「…………まぁ」

「へへへー♪」


 嬉しさを顔いっぱいに出してシアがはにかみ笑いを浮かべる。

 その顔を見ていると、ほろ苦さは甘さと頬の熱に変わっていくような気がした。


「クリームソーダもいる?」

「いや、チョコケーキにはコーヒーが合うし」


 自分で頼んでいたホットコーヒーをひと口。

 チョコレートの甘さと苦さが、コーヒーの苦さと良く合う。


「そっかー」


 今度はあーんせず、クリームソーダを楽しむことにしたらしい。

 ひとすくいアイスを食べてから、ストローでソーダをひと口。


「はぁ……♪ クリームソーダって、家だとまず飲まないから、外の飲み物って感じするよね」

「そういや、家で飲むことってないな……」


 そもそもクリームソーダは『食べる』のか『飲む』のか。

 そんなどうでもいいことが脳裏に浮かぶ。


「でしょ。私、昔――」


 シアが言いかけて止まる。


「昔?」

「――うん、去年……は、ヒツジくんは、明宮さんと出会った頃だっけ?」


 明らかに別の話題に切り替えたことはわかった。


「えっ? クラスが一緒だから出会ってはいたけど、話したことはなかった。話すようになったのは、梅雨ぐらいからだし」


 でもそれを指摘することは、シアの過去を聞くことと同じ。

 だから話を合わせる。


 いや、それでいいのだろうか?

 心の中でそんな問いかけが湧き出てくる。


 シアのことと、ちゃんと向き合うべきじゃないのか?

 シアがどうして俺の家で暮らすようになったのか。

 『覚悟』を決めることを――


「そうなんだ……それじゃ、一昨年は?」

「高校受験の勉強……は、まだ本腰入れてなかったし……実家だったからダラダラしてたよ」


 頭の中で考えを巡らせつつ、シアの問いかけに答える。


「へぇ……あ、そっか。ヒツジくん一人暮らしは今年の4月からだっけ」

「まぁ、実質一人暮らしだったのは部屋に荷物を運んだ時までだったけど」

「ふふふ、恋人ができたんだからしょうがないよねー」

「そーゆーことだ」

「認めてくれちゃうんだ。くすっ……でも、そっかそっか」

「シア?」


 うんうんとシアが大きく頷いている。

 もうひと口ソーダを飲むと、俺を見つめる目をイタズラっぽいものに変えた。


「ね、ね、ヒツジくん。親御さんにはどんな挨拶したらいい?」

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