第102話 君も、泣いてよ

「私も……日辻さんに泣かされてしまいましたね」

「意味合いは逆だけどね」

「それでも、涙を流したのは同じです」

「……そーね」


 明宮とシアが顔を見合わせる。


「……ありがとう、シアさん」

「……う。どうして、私にお礼なんて言うの? あなたの好きな人を奪ったのに」

「そうですね。私の好きな人はシアさんが好きになりました」


 首を横に振るシアに対して、明宮は縦に振る。


「でも、私の気持ちを伝える機会をくれました」


 その声は柔らかいものへと変わっている。


「しばらくは悲しいくて辛いと思います。でも、ちゃんと区切りをつけられましたから……それに、シアさんは悪くないですよ」


 言いながら、明宮がこちらを見つめてくる。


「選んだのは日辻さん、ですからね」


 明宮にしては珍しい、冗談めいた言い方。

 言葉通り吹っ切れてはいないが、彼女なりに結論を出した――そんな言い方だ。


「……そうかもね」


 シアが頷くと俺の前に来て、俺が手にしていたコーラをかすめ取る。

 彼女が持ってきてくれたものだったが、まだ封も開けていなかった。


「シア?」

「はい、明宮さん」


 そのまま、明宮に渡す。


「は、はい……?」


 明宮も突然のことに戸惑って、俺とシアの顔を見比べる。


「なんてことないわ。ただ、思ったの」


 言いながら、自分が手にしたサイダーを振っている。

 ……ちょっと待て。そんなことしたら。


「私達二人を泣かせたんだから、ヒツジくんも泣いて欲しいなって」

「それは、まぁ……」


 頷いたものの、言われて涙を流せるものでもない。


「ん。わかってるよ。だから、泣かせてあげる」


 言いながらシアがペットボトルをこちらに向ける。


「ヒツジくんの瞳に乾杯♪」


 そのまま、サイダーのフタを開け――


「わわわっ!?」

「し、シアさんっ!?」


 よく振られたサイダーが一気に吹き出し――って!!

 思いっきり、顔面にサイダーを浴びせられる。

 甘い味に加えて、シュワシュワとした感触を肌で感じる。


「ほら、明宮さんも!」

「え……あ……っ」


 明宮が自分が手にしたコーラを見つめる。


「ね?」

「ですね……」


 シアが促すと、明宮も小さく笑う。

 そしてコーラを振ってこちらに飲み口を向けてくる。


「えっ、ちょっと、明宮も……?」

「はい、泣いてください」

「ちょっ――ぶはっ!?」


 今度はコーラも顔にもろ浴びる。

 コーラの独特の匂いが鼻をくすぐる。

 涙じゃないけど、顔はもう水分にまみれていた。


 いや……こんなの涙目だ。


「やるうっ!」

「もう、シアさんはひどいこと、させます」

「ノリノリじゃんっ」

「おいっ、二人ともっ!」

「きゃー、ヒツジくんが怒ったー♪」

「あはは……」

「まったく……」


 不満の声を上げるものの、楽しそうな二人を見てしまうと、これでいいのかなと……少しばかり思ってしまった。



   ◇


「なんか、まだ髪の毛がギシギシいってる気がする……」


 家に戻ってきて、シャワーを浴びたが、まだサイダーとコーラの匂いとベタつきが付いているような気がする。


「…………」


 髪をかきながら、少しだけ廊下と部屋の間にある戸を開き部屋を覗く。

 電気の消えた部屋からは、シアのと明宮、二人の穏やかな寝息が聞こえた。


 サイダーやコーラを浴びせられて、喜べるほど人間できていない。

 でも、こうでもしなければ俺も明宮も……いや、シアでさえ、気持ちを吹っ切ることはできなかったのかもしれない。


「……おやすみ」


 そんなことを思いながら、また戸を閉めると毛布にくるまる。

 座布団越しの床は固く感じたが、すぐに眠りにつくことができた。

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