第101話 二種類の、泣き笑い

「……ばか」


 その涙を拭いもせずに、シアが短く伝えてくる。


「なんで私を選ぶかな……あんなに良い子が好きって言ってくれてるのに」

「それが好き――いいや。愛してるってことなんじゃないかな」

「う……」


 シアの頬が傍目から見てもわかるほど赤く染まる。。


「さらに、踏み込んだこと言うんだね、ヒツジくんったら」

「今まで言わなかった分は伝えないと」

「そっか……本当に選んだんだね」

「ああ……明宮にも、伝えないと」

「ん……」


 自分が選ばれたことが嬉しくても、明宮のことを思えばやはり居心地の悪さは感じてしまうのだろう。


「明日、起きたら伝えるよ」

「――そんなにのんびりしなくてもいいんじゃない?」

「え?」


 シアが一歩下がると視線を脇へと向ける。

 俺も目を向け――息を飲む。


「……明宮」


 遊歩道の暗闇の中に、明宮がいる。

 ゆっくりとした足取りで、街灯の下へとやってくる。


「二人がその……いなくなってたので」

「考え事したくて、外に出てた」

「……シアさんも一緒に?」

「私は、」

「いや、シアはあとから来たんだ」

「そうですか」


 シアの発言よりも先に俺がいえば、静かに頷き、そのまま目を伏せる。


「シアさん……泣いてますね」

「えっ、まぁ……これは、なんていうか……」

「日辻さんに泣かされたんですか?」

「そう、かな……」

「……嬉しくて、泣かされたんですよね」


 確信めいた言葉とともに、顔を上げシアを見つめる。

 小さく笑っているが目は潤み、声も震えていた。


「……うん。わかるんだ」


 シアが短く肯定する。


「わかりますよ。シアさん泣いているのに、嬉しそうですから」


 話を聞いていたのか。それとも何かを感じ取ったのか。

 明宮は寂しそうに笑っている。


「明宮」

「……はい」


 明宮と向き合う。

 ずっと向き合ってこなかった彼女と、ようやく向き合った。

 でも、それが俺達の曖昧だった関係を終わらせる時になっている。

 だが、伝えなければならない。

 俺に好意を伝えてくれた明宮だからこそ、こちらの気持ちをはっきりさせないと。

 曖昧なままは……もう、終わりだ。


「俺、シアのこと好きだ」

「……はい」

「だから、明宮とは付き合えない」

「はい」


 小さく頷く。ゆるゆると長く吐息を吐いた。


「……今、恋人になっているからじゃ、ないんですね」

「ああ、シアのことが好きだってちゃんと気づいた」


 告白したからとか、恋人になっているからとかじゃない。


「けっこう、辛いですね……こういうの」

「……すまない」

「謝ったところで……何もなりませんよ」


 明宮が笑おうとしたが、こわばった笑みにしかならない。

 そして、瞳からは涙がこぼれている。


 笑顔で泣いているのに、シアと明宮は決定的に違う。

 そうしたのは、俺自身だ。



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