第85話 シアの誤算

 シアだけでなく明宮まで泊まることになり、ひとまず夕飯を……という話になったのだが。


「あー……」

「わー……」


 一応の家主である俺と、ずっと同居していたシアが何をしているのかといえば。


「おお……」

「わぁ……」


 二人並んで、呆然としているだけだった。


「少し時間いただきますが、お待ち下さいね」


 言いながら、台所に立った明宮が慣れた手付きで料理をしている。

 『家にあるものは何でも使っていい』と伝えたら、さっそくハンバーグを作ってくれている。お肉の焼けるいい匂いだけでなく、一緒に作っているのかオニオンスープの深みのある豊潤な香りも鼻をくすぐる。


 俺達が料理をする時間に比べ、半分もかけていないのに明らかに品数が多い。

 しかも、凝っている。


 最初は張り切っていたシアだったが、明宮の手際が良すぎるのと、台所の狭さのため、米をといだ後は、部屋で俺と一緒に明宮の料理姿を見ているしかなかった。


「ちょっと……ちょっと、ヒツジくんっ」


 並んで見ていると、シアが俺の肩をつついてくる。


「なに?」

「聞いてないわ。何、あの料理の手際!」

「いや、そんなこと言われたても俺だって初めて知ったよ」

「うう、お弁当はお母さんが作ってるって言ってたし、そんな気配なかったじゃない……っ!」


 歯噛みしながら、焦った声を上げている。


「いいえ、まだよ。手際が良いからって料理が美味しいと決まったわけじゃ……わけじゃ――」


 ――ぐぅ。


 言い聞かせるシアのお腹が、反乱して音を鳴らす。


「……聞こえた?」

「隣だし……」

「もう、お腹は少しは嘘つきでも許してあげるのにっ」


 頬を赤くしたシアがお腹を押さえる。


「……明宮さんの料理、いい匂いね」


 そしてしっかり認めるのも、彼女らしい。


「ああ、すごく」

「むぅ。私の時は、いつも『普通』っていうのに」

「うっ、シアだって自分の料理『普通』って言ってるだろ」

「まぁ、それはそうなんだけど。うう……変な余裕見せるんじゃなかった」


 さっそく我が家に招いたことを後悔しているのかもしれない。

 でも、口にしてしまう辺り素直だなぁ……と思ってしまう。


「もうすぐできますから、待っててくださいね」

「私、テーブル拭くから!」

「いや、そのくらい俺がやるって」

「いいのっ! ヒツジくんはじっとしてて!」


 対抗心があるのか、いそいそとシアは布巾を持ってくるのだった。



   ◇


 ほかほかご飯に、玉ねぎたっぷりでコンソメの効いたオニオンスープ。

 きのこソースをかけたハンバーグには、付け合せの粉吹き芋と人参のグラッセ。

 さらにはレタスとトマトとキュウリに玉ねぎを混ぜたサラダもある。


「……ゴクッ」


 シアが喉を鳴らすのがわかる。

 いや、俺も口の中によだれが湧き出しているのがわかる。

 既に見た目からして美味しそうだ。


「……ど、どうぞ」

「うん、いただきます」

「いただきます」


 緊張した明宮の言葉に、シアも俺も食事の挨拶をする。

 互いに手を伸ばすのは、無論、メインディッシュのハンバーグ。


「わ……」


 はたしてそれはどちらの感嘆の声だったか。


 ナイフを入れれば、湯気と一緒にじゅわっと肉汁が溢れ出し、きのこソースと絡み合う。お肉とソースの絡んだ匂いが今まで以上に食欲をそそる。


 ひと口大に切ったハンバーグを食べ――


「!!」

「おお……」


 思わずシアと顔を見合わせる。


「美味しいっ!」

「めちゃくちゃ美味いな、これ」

「良かった……家でも良く作ってましたので」


 俺達の言葉に明宮ホッとひと息つくと、はにかんだ笑みを浮かべた。


「わ……オニオンスープ、さっぱりしてるのに玉ねぎの甘味と旨味がでて……わわっ、粉吹き芋ホクホク! 人参は……甘いけど、食べやすい……わわわっ!」


 シアが驚いているが食べすすめる箸も止まらない。

 いや、俺もシアを見ながら箸を動かし、料理を堪能している。


「私より……上手い! 味も……美味しい! 普通じゃない……ぜんぜん普通じゃない! 胃袋を掴むのは恋の定石……や、やるわね」

「あは……お口に合いましたら、良かったです」


 悔しがりながらも、シアは称賛は惜しまない。

 そんなシアの絶賛に、明宮も照れた笑いを返す。


「明宮、料理うまいんだな」

「……そんな、ありがとうございます」


 俺も明宮へ伝えれば、照れながらも彼女もハンバーグをひと口食べ「うん」とどこか誇らしげに頷くのだった。

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