第84話 泊まります。
「おじゃまします……」
「はい、どうぞー♪」
明宮は控えめに部屋に入り、シアは笑顔で両手を広げ迎える。
「ようこそ、私達の愛の巣へ♪」
「いや、同居してるけど、そういうのはないから」
明らかに不満そうな瞳を向けてくる明宮に思わず言い訳がましい言葉が出る。
実際、本当のことしか言ってないものの……。
「…………むぅ」
やっぱり責めるように睨んでくる。
こういう明宮の表情は見たことがないから、新鮮だけど落ち着くわけもない。
「えー、私はいつでも良いって言ってるのに」
「シアも混ぜっ返さないで」
「はーい」
元気に頷くシアに、思わずため息が出る。
家に帰ってきたけど、まったく落ち着けそうにない。
あのまま、『行く』と言った明宮を我が家に連れてきてしまった。
どちらかと言うと、シアの方が乗り気だったのだが。
「えっと……ここが、俺の部屋」
「は、はい……」
靴を脱いだものの、どうすれば良いのか悩んでいるのか、そのまま玄関にいる明宮に声をかける。
「まぁ、お茶でも飲んでいって」
「ありがとうございます」
「むぅ……」
「シア?」
今度はシアが不満そうだ。
「ヒツジくん、女の子を招いた反応してる」
「そりゃ、明宮は女の子だし」
「私の時はもっとテキトーだった」
「それはシアがコーラを欲しがってたからだろ」
それにあの時、シアはまったく緊張していなかった。
今は明宮が緊張してるから、俺にもそれが伝わっている。
「…………む」
明宮が緊張の中でも、何か言いたそうな顔をしている。
俺としてはいつもどおりシアと話しているだけでも、明宮からすると仲睦まじそうに見えるのか。
あちらを立てればこちらが立たず……いや、女の子二人に告白されたんだから、贅沢な悩みなんだろうか。
そう思いながらも、ひとまず部屋に入ってもらう。
「ここが……」
男性の部屋は初めてなのか明宮が辺りを見回そうとするが、はしたないと思ったのか慌ててうつむく。
「とりあえず、座って」
「お邪魔します」
明宮がこたつ机の一角に腰を下ろす。
シアが明宮の正面に座り、俺はシアからは右手、明宮からは左手に腰を下ろした。
「明宮さん。ヒツジくんの家を見てみたかった――だけじゃないよね」
「はい……あ、いえ、日辻さんの部屋に興味が無いわけではないのですが」
胸元に置いた手をぎゅっと握りしめ、決意の瞳と共に俺を見つめてくる。
「私も……日辻さんの家に、泊まらせてください」
「えっ、いやでも」
「泊まります」
もう一度力強く繰り返される。
「シアさんが泊まってるのなら、私も……」
「でも、ひとの家に泊まるのなんて」
「伴野さんや相田さんの家にお泊まりしたこともあります」
「そ、そうなのか。伴野たちの家に泊まって……そうなんだ」
「はい、おかげさまで」
「それは……良かった」
「……はい」
明宮が友人関係を深めていることに感心してしまった。
「ということは、ヒツジくんは明宮さんを泊めるんだ」
「あ、いや……」
感心してる場合じゃなかった。
「家にも友達の家に泊まるとすでに伝えてあります」
明宮も思った以上の行動力だった。
「でも――」
女性が男の家に泊まるなんて――と言いかけたが、すでにシアを泊めている時点で、意味のない言葉だ。
シアは恋人だから――と言ってもますます納得しそうにない。
「シアは……」
「ヒツジくんが決めて」
「……だよな」
予想通りというか、シアに即答される。
別に、明宮を泊めても何かするわけではないし。
シアのこと。
明宮のこと。
ちゃんと考えるんだったら――
「今晩、だけなら……」
その決断になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます