第81話 ずっと、好きです

「日辻さん……」


 座った明宮が目を丸くしてこちらを見ている。

 渦中の人物が目の前に現れたのだから、当然だ。


「その、すまない」


 我ながらまったく意味のない謝罪だったが、それでも伝える。


「唄が聞こえたような気がして」

「うた……?」


 明宮が思わずオウム返しに聞いてきたのは、俺達の出会いが歌より始まったからだろうか。


「勘違いだったよ。大事な話をしていたのに、盗み聞きして……ごめん」

「どうかしら?」


 明宮が何か言うよりも先に、シアが肩をすくめる。


「こうでもしないと、ヒツジくんも明宮さんもお互いの気持ちを永遠にわからなかったんじゃないかな」

「それは――えっ、まさかシア、俺がいるの……?」

「わかってたよ」


 いつものようにシアがあっさり頷く。


「明宮さんの気持ちを聞くだけのつもりだったんだけどねぇ」


 シアは俺達を見上げている明宮に近づくと、手を引っ張り立ち上がらせる。


「ヒツジくんが聞いてるのなら、はっきりさせたほうがいいと思ってね」


 言いながら、明宮の背中を押して、俺の正面まで連れてくる。

 その淡々とした勢いに明宮はなすがままだった。


「シアさん……?」

「想いを伝えるために、私に遠慮しないんでしょ。私も遠慮されても困るし……さ、どうぞ」

「え、えっと……」


 明宮はもじもじしながら、シアの顔を見たり俺の顔を見たり。

 俺と視線が絡めば、頬だけでなく耳も赤くして視線をそらす。


「あら、さっきまでの威勢はどうしたの?」

「で、でも……まさか、こんな……」

「ふーん、結局、尻込みして言わない方がいいんだ。私はその方がいいけど」

「で、でも、シアさん……っ」


 シアの行動に戸惑っているのは明宮だけじゃない。

 俺も、わけがわからなくなっている。

 先程は明宮を糾弾していたのに、今度は彼女を助けるような行動をとっている。

 シア自身も言う通り、こんな塩を送るような真似をしても何の得もない。

 シアは俺と明宮のすれ違いを元に戻そうとしているのか?

 でも、そうなったらシアとの関係は……どうなる。


 ――どうなる、じゃないだろ!


 自問した自分自身を罵倒する。

 シアだけじゃない。俺の問題じゃないか。


「言うの? 言わないの?」

「あっあのっ、私……!!」


 ぎゅっと両目を一度つぶってから、シアが俺を見つめて叫ぶ。


「は、はいっ!」


 思わず背筋を伸ばす。


「……わたし……私……っ」


 ぎゅっと胸の前で握りしめた手に力を入れる。



「――私、ずっと……日辻さんのことが好きです」



 俺の真正面に見据えて、明宮が言った。


「去年から、ずっと好きでなんです」


 もう一度、重ねるように素早く、それでもはっきりと自分の感情を伝えてくる。

 告白を、された。


「……あ、うん」


 対して俺は、間抜けな声を上げるしかできない。


「……はい」


 明宮は恥ずかしさが限界にきたのか、言葉がそれ以上でないようだった。

 頬も耳も、首筋まで真っ赤に染めあげっると、うつむき髪の毛をいじっている。

 でも、確かに明宮は俺を『好き』と言ってくれた。


 俺は……どう思っているのだろう。

 去年ならば、きっと一も二もなく頷いていた。

 でも、今は。

 シアのかたわらにいる少女――シア。

 

 


「俺は――」

「――はい、ストップ」

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