第82話 一緒に、暮らしてる

「え?」


 明宮が戸惑った声を上げる。

 俺も急な言葉に驚いて、思わずシアを見つめる。


「『そこまで』って言ってるの。だってこの状況でヒツジくんに結論を出させるのはフェアじゃないでしょ」


 シアが俺と明宮の間に割って入ってくる。


「明宮さんは、告白するまで時間があったんだから、ヒツジくんだって考える時間、欲しいよね?」

「ああ、まぁ……」


 確かに、急いで結論を出した場合、どう転んでも後悔しそうだ。

 その上、俺の答えは明宮だけじゃなくシアにも関わってくる。


「それに、このままだと私が圧倒的に不利そうだし。ヒツジくんを盗られるわけにはいかないもの」

「と、盗られ……ですか」

「ええ、誰だって恋人を奪われたいなんて思う人はいないでしょ」


 こともなげに言っているが、明らかにシアが自分の立場――恋人であることを明宮に知らしめている。


「あの、私を素直にさせて……日辻さんとのわだかまりを解こうとしてくれたのでは、ないんですか?」

「まさか。そこまで私はお人好しじゃないわ」

「それじゃ、どうして……」

「決まってる。ヒツジくんの気持ちをはっきりさせるため」


 肩をすくめてシアが明宮に伝えるのは、俺への気持ちと俺自身の気持ち。


「ヒツジくんが引きずってたら、いつまで経っても私達の関係が進展しないもの。だから、はっきりさせたかったの」


 明宮へと断言したシアは、俺を見つめる。

 そこには確かな決意を伴った意志の強さが見えた。


「ヒツジくんのこと、好きよ。これからもお付き合い続けたい」


 シアはことあるごとに俺に好意を伝えてきた。

 だから、シアの気持ちはわかっているはずなのに。

 それでも、ドキリと鼓動が高鳴るのを覚える。


「これで私も明宮さんも気持ちを伝えたわけだから、イーブンってことよね。あとはヒツジくんの決断のみ……」


 そう言いながら、シアは俺の腕に自分の腕を絡ませ抱きついてくる。


「シア?」

「さっ、それじゃ帰りましょ」


 そのまま引っ張ってくる。

 まるで――いや、そのまま明宮に見せつけている。


「色々話してたらお腹空いちゃった。今日のお夕飯、何にしようか?」

「ちょ、ちょっとシア……」

「うーん、やっぱりお肉が良いよねぇ。ご飯がすすむお肉料理……ハンバーグ、うぅん、麻婆豆腐……餃子……ひき肉あったから使っちゃいたいよねー」


 シアの発言は、自分の立場をそのまま伝えようとしている行為に等しい。


「えっ、あの……お夕飯って……どういうことですか?」


 無論、明宮もすぐに気づいて問いかけてくる。


「日辻さん、一人暮らしでしたよね……シアさん、まさかそこに出入りを……?」

「そんなわけないでしょ」

「そ、そうですよね」


 ホッとした明宮の反応を見逃さず、シアは俺の肩に頭を乗せる。


「ヒツジくんが一人暮らしなんて……違うわ。

 だって今、私、ヒツジくんと暮らしているもの♪」


 シアが笑顔で言い放つ。


「え? ええっ!? あの、日辻さん?」

「さっ、ヒツジくん帰りましょ。私達二人だけの家に……♪」

「し、シア……っ」


 明宮の疑問の視線も気にせずに、思い切り引っ張り、シアはその場から俺を連れ出していった。

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