第65話 人波の中、息遣い

 人でごった返す商店街を歩いていく。


「あ、大丈夫?」

「は、はい……っ」


 両脇は行き来する人と、屋台で買い物する人が集まるから、なるべく中央の方を歩く。でも、反対側から来る人も多い。そうするとすれ違うだけで、押し合いへし合いになってしまう。

 振り返れば明宮が少し離れてしまっていた。


「あ、ごめ――」

「あ、あの……っ」


 ギュッ。


「あ」


 離れそうになったから、思わずだろうか。

 明宮が俺の裾を軽く握ってくる。


「ごっ、ごめんなさい」

「べ、別に、このままで!!」


 思わず強い口調で返す。

 本当なら、俺が手を取ればよかったんだ。


「ですけど、甚平が伸びるかも」

「歩く速度を合わせれば良いんだ。もうちょっとゆっくり歩くよ」

「ありがとう、ございます」


 明宮の言葉になんとなく頷いて、ゆっくり歩き出す。

 少し後ろから、明宮の息遣いが聞こえている。

 じっとりと蒸し暑いけれど、それとは別の理由で身体が熱く心臓がドキドキ高鳴っている。頬は絶対赤いに違いない。

 それをごまかせる夏の暑さが、こんなに良かったと思ったことはない。


「かなり混んでるけど、大丈夫?」

「はい……こういう人だかりは、いいです」

「そうなの?」

「はい……皆さん、楽しそうなので……私も、なんだか……♪」


 はにかむように微笑んでくれる。

 白が基調の浴衣だからだろうか、夕暮れ時でも提灯に照らされた姿はまばゆく見える。

 頬には汗が伝っていたが、それすらもまぶしかった。


「……?」

「あ、いや……紫陽花、好きだったり?」


 思わず見つめてしまっていたので、明宮が首をかしげる。

 なので、慌てて頭に浮かんだことを問いかける。


「そう……ですね。雨の中でも肩を寄せあってるみたいで……綺麗な花です」

「あ、ああ……その浴衣も、綺麗だし」


 俺の裾を握る指にぎゅっと力が入る。


「ありがとう、ございます」


 目をそらして明宮が言う。まずいことは多分言ってないと思う。

 でも、『浴衣も』なんて限定した言い方はしなくても良かった。



   ◇


 お祭りの中心になる神社は、商店街の途中の路地を入ったところにある。

 こぢんまりとした地域の神社という感じで、普段は静寂に満ちている。

 だが、今日この日は、大晦日と並んで人が集う場所だ。


 お参りに並ぶ人の列に混ざりながら辺りを見れば、ここにも七夕飾りで彩られた竹が掲げてある。ただ、他の場所と違うのは、横に体育祭などで見るようなテントと、看板があるところだった。


「おっ、今年もやってる」

「今年も?」

「ああ、いつも神社にある笹飾りは、短冊に願いごとを書けるようになってるんだ」

「そうなんですね……」

「あれ、いつもは?」

「ふ、普段は……商店街を歩いてお参りして帰る、ぐらいでしたから……」

「あ、ごめん」

「いえ……」


 そうだった。周りと話すのが苦手で、一人だった明宮がお祭りに気軽に参加してない可能性ぐらい、思いついただろうに。


「それじゃ、お参り終わったら、短冊、書いてみる?」

「……いいんでしょうか?」

「そりゃ、誰でも参加できるイベントだからさ」

「……でしたら、ぜひ」


 努めて明るい声を出せば、やはり興味はあったみたいで、明宮が頷いてくれた。

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