第64話 宵闇、夏祭り
駅前から伸びる商店街に、そのまま出店ができており、お祭りムードに様変わりしていた。
出店の間には、等間隔に七夕飾りや短冊で装飾された笹――いや竹が並んでおり、七夕祭りらしさを演出している。
駅前広場はいつも以上に人が多い。
その表情はどれも明るく、浮かれた空気を出している。
もう一つ、特徴的なものを上げるなら、服装だ。
普段の洋服とは違い、今日は和服――浴衣や甚平が多い。
これもまた、お祭りの空気を演出しているようだった。
かくいう俺も、紺白縞の甚平を着てきた。
周りが似たような格好だから、今は少しホッとしているが、家を出るときは気恥ずかしかった。私服の人からすれば、気合を入れているように見えるだろうし、なんとも落ち着かない。
待ち合わせの時間より、少し早く着たけれど明宮は――
「――あ」
白を基調にした布地に、淡く青や空色の紫陽花が描かれた浴衣。
薄紫の帯が、その淡さを引き締めている。
夕暮れ時になったものの、まだまだうだるような暑さの中。
彼女の周りは、清涼感にあふれている。
いつもは下ろしたセミロングの髪も、今日は後ろでまとめ、ピンク色の紫陽花の髪飾りで留めている。
それでも、考えごとをする癖のせいなのか、頬にはいつものように髪がかかっている。その髪をいじりながら、明宮が『駅前時計』の前で待っていた。
整った美貌だけでなく長身なことも相まって、明宮は目立っている。
でも、その静かなたたずまいのおかげか、幸いにして、面倒な人たちに声をかけられるようなことはなかったようだ。
「やぁ」
『待った』とか『ごめん、遅れて』とか、色々言葉は思い浮かんだのに、結局言えたのは挨拶にもならない声だった。
「……こんばんは」
緊張していたらしく、肩の力を抜いた明宮が一礼してくる。
その所作も落ち着いており、絵になる姿だ。
「浴衣、着てきたんだ」
「はい……あっ」
明宮が自分の格好を眺めて、おたおた。
「…………その」
「す、涼しげで、いいよな!」
「はい。甚平も……夕涼みにいいですよね」
もう少し褒めようがあっただろうに、それ以上のことはうまく言えない。
『綺麗』という言葉を使うのは、こうも照れくさいものなのか。
「それじゃ、ひとまずお参りにでも?」
「…………」
明宮が小さく頷く。
商店街を進んだ奥にお祭りの中心である神社がある。
そこをお参りして、駅前に戻ってくるのが、夏祭りの定番のルートだった。
今日、待ち合わせていたのは、明宮ただ一人。
二人だけで、お祭りに来ている。
明宮はどうかわからないが、オギやんやズミーはじめ、友人たちには『別に約束してる』と曖昧なことを言ってやってきた。
当然不審がられたし、今日、会う可能性だってある……でもその時はその時。
『二人きり』という状況を作ろうとしたのは事実。
明宮に対して、ただの友人やクラスメート以上の気持ちがあるのは間違いない。
でも、美人だからという理由だけではないと思っている。
周りに馴染もうとする懸命な性格も、ふっと見せてくれる笑顔だって、明宮に惹かれた要素だ。
それ以上に、偶然秘密を共有した美少女。
我ながら単純だが、意識するに決まっている。
運命的な相手に惚れるべくして惚れた――実にわかりやすい話だ。
こうして明宮も、二人きりでお祭りに行くことにしてくれた。
だとしたら、彼女も自分のことを少なからず思ってくれているのでは?
そんなうぬぼれだって出てくる。
――明宮は俺をどう想っているのか。
確かめたいからこそ、二人きりでお祭りに来た。
「じゃ、行こうか」
「…………はい」
ゆっくりと歩き出せば、明宮も直ぐ側についてくる。
頭の中をめまぐるしく動かしながら、夏祭りの始まった。
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