第63話 夏祭りへの、お誘い

「こよみーん、お昼食べよー、お昼ー!」

「あっ、はい……」


 今日もお昼になると、明宮はクラスメートたちに誘われて昼食を食べている。


 『お話したい』――そう明宮が話してからあっという間に時間が過ぎていた。


 窓から差す陽光は、まばゆさだけでなく、焼け付くような熱さまで加わっている。

 新緑だった草木は深緑へと変わっており、空は突き抜けるように青い。

 そして、巨大な入道雲が空高く積み上げられている。


 それもそのはず――もうすぐ夏休みなのだから。


「あっちー……」


 今日は一人、非常口のところへ来ている。

 日陰になっているし風の通りもあるから、比較的涼しい。

 とはいえ、クーラーのある部屋に比べれば、圧倒的高温多湿。

 校舎の裏手にある紫陽花も、花はとっくに散っており緑に満たされている。


 なんとなく、ここに来ていた。

 教室や食堂なら、クーラーが効いている。

 でも、こうして季節の移り変わりを感じてみるのも悪くない。


「明宮も、ここに来なくて良くなったわけだし……」


 そんな感傷があったのかもしれない。

 あの後、明宮はクラスの女子たちによく話しかけられるようになった。

 『話すのが苦手』ということも、わかってしまえばクラスメートたちにとっては親しみのある面らしく、まったく問題ないようだ。

 一学期も終わりに差し掛かる頃には、明宮の表情もクールさだけでなく柔らかさがよく現れるようになっていた。


 俺と話す機会は減ったのは寂しいけど……。


 こういうのが、親離れしていく子供を送る気持ちなのか。

 それとも、この気持ちは――


「……こんにちは」

「え?」


 頭の上からした声に向けば、明宮が立っていた。

 そのまま隣に座ると、パックのミルクティーにストローを刺す。


「どうしたんだ? 友達と昼飯食べてたんだろ?」


 問いかけると、明宮はこちらを見ながら頬にかかった巻いた髪をいじる。

 汗と湿気のせいか、髪は頬に張り付いていた。


「……日辻さんも、友達です」


 はっきりと俺の目を見て言ってくれる。


「……そっか」


 ――友達。


 その認識でいてくれるのは素直に嬉しいし、言葉にしてくれるのはもっと嬉しい。


「けど、暑いだろ」

「夏ですから」


 呟くと、ひとくちアイスティーを飲む。

 ちゅっと、ストローの中をミルクティーが通り過ぎた。


「……ん、あっというまに一学期も終わりだよなー」

「皆さんと話せてからは、あっというまになりました」

「楽しいから?」

「……きっと」


 はにかむような笑みを見せてくれる。

 ここで話し始めた当時は、ほとんど見ることができなかった表情だ。


「けっこう頑張って皆と話してたもんなー」

「自信、持ちましたから」


 ぐっと握りこぶしを作って、気合を入れてくれる。

 俺の言った言葉を覚えてくれているんだろうか。


「はは、そーだな」

「……はい」


 小さくうなずき、そのまま目を伏せる。

 その視線の先には、地面に伸びる日陰と日向のくっきりとした境界線。

 それだけ今日の太陽が眩しいんだろう。


「……もうすぐ、夏休みですね」

「期末も終わったし、今が一番、気が楽だよなー」

「はい……その、夏休みになれば、いろいろ、ありますからね」

「どっかに出かけたり?」

「……それも、あります」


 夏休み。

 ちょっと夜ふかししてもゲーム三昧でも、たぶん問題なし。

 宿題があるけど、一日中だらけることだってできる。

 今年は、祖父母の家にいつ頃行くのだろう。

 それに――


「夏休み入ったら、すぐ、祭りあるよな」


 すぐ近くの神社で、夏祭りがある。

 地域の七夕祭りを兼ねていて、出店が開かれ、花火大会も行われる。

 けっこう大きなお祭りで、地域の人が楽しみにしているイベントだ。


「あっ、はい」


 気のせいか強めに明宮が頷き、そのまま顔を上げる。


「明宮は誰かと行くんだろ?」

「あ、いえ……」

「え?」


 意外だった。終業式の後、最初に友人同士が顔を合わせるイベント。

 そのイメージだったから、明宮だって皆から誘われていると思っていたが、まだ誰からも誘われていないのだろうか?


「あー……誰かと約束とかしてないなら、一緒に行ってみないか?」


 誘いつつ、恥ずかしさがあって目をそらしてしまう。

 女子たちで集まって行く方が楽しいかもしれないけど。

 そういう理屈を抜きにしたら明宮とお祭りに行きたい――そう思う自分がいた。


「…………」


 明宮から答えがない。

 もしかして、困ってる?

 そう思いながら、改めて明宮を見る。


「……ん、……んっ」


 明宮が、何度も頷いていた。

 ただ声に出してなかっただけ。


「えっと……OK?」

「……え? あっ、はい」


 声を出してないことに気づいた明宮が、声でも肯定してくれた。


「じゃ、約束」

「は……はいっ」


 もう一度、気合を入れるように明宮が答えてくれる。


 ……よかった。


 そう思ったのと同時にふと気づく。


 あれ、これもしかして、デート……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る