第66話 お面の少女
お宮に手を合わせた後に、さっそく短冊を書きに行く。
設けられたテントの下に長机が並んでおり、係なのか私服の上から
「あの、短冊が書けるって聞いたんですけど?」
「あー、はいはい、どうぞ! あらま、お姉ちゃんもかい?」
「……は、はい」
「――ほほう?」
何を思われたのかニヤリと笑われると、俺の方を叩いて短冊を二枚押し付けてくる。
「青春ねぇ……ほら、二人の分の短冊よ。そこの机の上で書いたら、笹の好きなところに結ってちょーだいね」
「……ど、どうも」
なんとも居心地の悪い思いになりつつ、長机へ。
「はい、短冊」
「何を、言われて……?」
「ああ、いや、願いごとしっかりしなさいって」
疑問顔の明宮に曖昧に濁す。
とはいえ、短冊に書くことと言えば……。
「七夕の短冊に書く願いごとって、確か芸事の上達とか……だったっけ?」
「はい、そう聞きますね」
「芸事かぁ……別になにかやってるわけでもないからなぁ。明宮はやっぱり歌の上達とか?」
「あ、いえ……」
どうやら書くことが別にあるらしい。
「でも、願いごとでも大丈夫かと」
「そうだよな」
もともと声を出すために歌を始めたと言っていたから、もっと皆と話せるようにとか、そういうことだろうか。
俺の願いごと……なんだろう?
明宮ともっと仲良くなりたいと思うけど、それを誰かが見るような短冊に書くのはさすがに恥ずかしい。
「――ん?」
ふと、顔を上げる。
誰かの視線を感じたような気がした。
友人たちでも近くにいるのかと思って見回すが知った顔はいない。
「……うーん」
「日辻さん?」
首をひねっていると、ひと足先に明宮は書き終わったらしい。
「あ、ごめん、すぐ書くよ」
慌てて、書いたのは『皆が健康で過ごせるように』。
「……あ」
書いているところを見ていた明宮が、小さく驚いたような声を上げる。
「思いつかなくて」
「いえ……いいと、思います」
「ま、まぁ……皆ってのが、お得だよな。俺だけじゃなくて明宮とか、みんな……」
「あっ、はい」
明宮が髪の毛をいじりながら顔を伏せる。
その頬は、暑さとは関係なしに赤くなってる気がする。
なんで俺はそんなキザったらしいことを言ったのか――そう思ったがすでに後の祭り。
「ありがとう……ございます」
「とっ、とにかく飾ろうぜ! 明宮は何を書いたんだ?」
「それは……」
明宮が短冊で口元を隠す。
「……秘密、ということで」
照れくさそうに言われてしまう。
さすがにこっそり見たら嫌だろうから、それ以上は追求しないことにした。
◇
神社から出て、屋台が並ぶ商店街へと戻ってくる。
「えーっと……」
何か予定があるわけではないが、確か小一時間もすれば花火大会が始まるはず。
「花火、見るよな?」
「そ、そうですね」
「それじゃ、それまで、屋台見て回ろうか」
「は、はい」
コクコク頷いた明宮とまた人波の中を歩き出す。
「食べたいもの、なんかある?」
「……ひ、日辻さんの食べたいもので」
遠慮なのか目移りしているのか。
また汗のにじんだ額を拭って明宮が言う。
人ごみということもあって、この時間になってもまだ蒸し暑い。
「かき氷、食べようか」
「あっ……いいですね」
幸いかき氷屋ならたくさんある。
だが、この暑さだけに人気なのか、どこもかなり人が群がっていた。
明宮が得意そうな場所でもないし、押しあったら浴衣も着崩れるかもしれない。
「買ってくるよ。この竹のところで待っててくれるか?」
「でも……」
「混んでるし、巻き込まれたらお互い迷子になりそうだから。何にする?」
「……でしたら、ブルーハワイを」
「わかった」
うなずくと、かき氷や前に人ごみに混ざるようにできている列に並ぶ。
「うわ……っ」
その途端、あっちへ押され、こっちへ押され。もみ合うはめになってしまう。
こ、これは……明宮が離れててよかった。
そう思いながら、並んで――
「――こんばんは」
急に背後からくぐもった女性の声がする。
同時に背中に何か硬いものを押し付けられた。
「へ?」
「そのまま、並びながら聞いて」
「は、はぁ……?」
誰だ……?
クラスメートかと思ったが、くぐもった声なので誰かはわからない。
「えっと、背中のは……?」
「ズドンと撃つやつ」
「えっ!?」
「――と、言いたいところだけど、こういうやつよ」
背中から硬い感触がなくなると、脇から見せられたのはペーパーローリング。
棒の先にロール紙が巻かれたもので、振ると長く伸びるオモチャだ。
「クジが大ハズレでね。こういう残念なものになっちゃったの」
「だ、誰だ?」
振り返る。そこには――
「…………いや、本当に誰だ?」
夜闇と同じ濃紺の布地に大輪の花火が描かれた浴衣を着た少女――だと思う。
想像になってしまったのは、屋台で売っているプラスチック製の『正義の味方』のお面をかぶっていたからだった。
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