第58話 癖と、こぼす笑み

 それからしばらく、明宮とはお昼時に二人で話すようになっていた。


 話すのはいつも自分から。

 でも、明宮はちゃんと答えてくれる。


「それでさ、その映画がすっごく面白くって! アクションだからけっこう過激なシーンもあるけど、カッコいいし何より主人公の心情が頷けるところが多くてさ」

「面白そう……です」

「そう?」

「はい、小説で、そういう戦いのある話も読みます」

「へぇ……」


 意外と思ったがあえて口に出す必要もないし、通じる話題があるのも嬉しい。


「戦いの中での登場人物の考えの移り変わる……そういうドラマは、楽しいです」

「そっか。じゃあ今度ブルーレイ持ってくるから良かったら見てよ」

「……ありがとう、ございます」


 とりとめのない話をしながら、昼食を一緒に食べる。


「お腹減るとやっぱり肉、食べたくなるよなー。ハンバーグとか」

「……ハンバーグ、いいですね。トンカツも、いいです」

「カツも美味いよなぁ。いつも俺、昼は購買で買ってるから、ハンバーガーとかカツサンド狙いなんだけど、カツサンドって高いんだよなぁ」


 その中で気づいたことがある。


「…………」


 明宮が、少し目を泳がせると俺の質問の答えを考えている。

 そうすると、自分の頬の辺りの巻いた髪を軽くいじる。


 どうやら、考え中の時に見せる仕草らしい。

 最近良く見るようになった。

 今まではきっと、やりとりを考える余裕もなかったのかもしれない。

 こうやって、明宮なりに緊張をほぐしている。


「ああ……カツサンドって同じ値段でお弁当が買えますね」

「そうそう! でも、美味いんだよなぁ」

「……はい」


 とはいえ、表情はいつも固いまま。

 もう少し、柔らかくできればいいけど……。


「……?」


 黙ってしまった俺を気にしたのか、明宮が不安そうに首を傾げる。


「いや、ちょっと考えごとしててさ」

「あ……そうですよね」

「うん、話してる時って色々考えちゃうからさ。明宮さんもそうだろ? だからお互い気にしないってことで」

「…………」


 俺の言葉に少し考えてから、小さく頷く。

 明宮が話すのが苦手なのは、言葉をわかりやすくしようと悩むからだ。

 最適な言葉で伝えようとする――明宮の優しさなんだと思う。


「そういえば、歌って趣味?」

「あ、それは……」


 俺達がこうするきっかけになったことを聞いてみると、明宮の髪をいじる動きが早くなる。


「……昔から、話せなくて」


 俺が言ったとおり、間を置いて考えをまとめてから、明宮が口を開く。


「だから、大きな声、出せたらいいのかもって……お母さんに頼んで、歌う練習したんですが……結局、歌う時以外は、ダメ、みたいで……」

「なるほど」


 明宮が恐縮している。

 普段から大きな声を出せるようになりたかったのに、なれなかったことが気になっているのかもしれない。


「でもさ、歌は好きなんだろ?」

「……はい」

「じゃ、いいよなぁ。俺、趣味ってあまりないからさ」

「そう、なんですか?」

「友達と話したり、ゲームしたり、美味いもん食べたり……そういう好きなことはあるけど、これといって趣味ってのはないかなぁ」


 今話したことはどれも好きなことだけど、趣味なのかと言われると違う。


「だからさ、そうやって好きなことができたんだから、いいなぁって思う」

「……でしょうか?」

「ああ、それに、またいつか、聞かせてもらえるかもって思ってるし」

「えっ」


 明宮が固まる。


「…………」


 どう答えれば良いのか髪をいじりながら、悩んでいる。


「ごめん、冗談。ツッコミ待ちだったから、なに言ってくれても良いんだ」

「そ、そうなんですね……」

「うん、『聞かせてあげない』とか『そういうこと言うのイジワルだ』とかさ」

「でも……」


 やっぱり恐縮されてしまった。


「大丈夫、試しに言ってみる?」

「試しに……?」

「ああ、なんでやねーん! みたいな感じで」

「な、なんで……」


 頑張って言おうとしてくれたが、結果アワアワしてしまった。

 でも、それはそれで新鮮で可愛らしい。


「悪い悪い、友達と話すことが好きだから、こういうことも言うんだよ」


 少し話せるようになったからって我ながら調子に乗りすぎたみたいだ。


「……その」

「え?」

「……い、いじわる、ですね」


 髪をいじる手を止めて、ポツリと明宮が言葉を漏らす。


「……あ」

「ご、ごめ……なさっ」

「いや! いいよ。うん……なんか、いいな。明宮のそういう台詞」

「う」


 明宮が困った顔になったものの。


「……なんでやねーん」


 か細い声だけど、はっきり言った。


「…………」

「…………あう」


 明宮の顔は真っ赤になっていた。


「……感動したかも」

「どうして……もう」


 明宮は困ったような顔になったけど。


「――ふふっ」


 困り笑いだったけど。

 明宮の顔に笑みが咲く。

 それはほんの一瞬で、次の瞬間には、いつもの物静かな顔に戻ってしまった。


「……うん、やっぱりいいよ。明宮のそういう言葉」


 でも、今は十分すぎる表情に思えた。

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