第57話 まずは、話そう
『他の人とも話せるよう手伝う』
そう明宮と約束したわけだが。
――我ながら、カッコつけたことを言いすぎだろっ!!
一日経って、冷静になるとその気持ちでいっぱいになる。
かなり恥ずかしい過ぎる状況だ。
だが、手伝わないのは口先だけの男になると宣言するようなもの。
それは、かっこ悪すぎる。
そんなわけで昼休みにもう一度、明宮のもとへと向かう。
教室で話しかけるのは、ハードルが高くてできなかった。
今までまったく話さなかった者同士が急に話し始めたら、不思議に思われる。
それは明宮にとってもプレッシャーになるのではないか
――なんて、話しかけられない言い訳だったが。
◇
「こんにちは」
昨日と変わらず、明宮は校舎の隅っこでお弁当を食べていた。
今日は晴れているから、陽光がすぐ近くの青い紫陽花をまばゆく照らしている。
「…………」
明宮はこちらを見上げて、目を見開いている。
「えっと……ほら、他の人とも話せるよう手伝うって言ったから……」
その様子に、あたふたと挙動不審になってしまう。
昨日話したこと……忘れてるとか、ないよな?
「あ……」
明宮が声を漏らすと、コクコクと頷いてくれるから、ホッとして隣に腰を下ろす。
「……ありがとう、ございます」
「いや、こっちも好きでやってることだから」
「……?」
わずかに首を傾げられた。
俺が手伝う理由がない……そう思ったのかもしれない。
実際、明確な理由はないかもしれない。
でも明宮の『本心』を知ってしまった。
きっと、可愛い子の秘密を共有できたのが嬉しかったから。
自分が特別なように思えてしまったから手伝うことにしたんだと思う。
――明宮のためかと言われれば、半分。自分のためというのが、もう半分だ。
「ともかくさ……他の人と話すって……例えば、部活とかはどう?
明宮さん歌ってたし、合唱部に入ってみるとか……」
自分の下心を気づかれたくないので、そんな提案をしてみる。
歌っていたし、一番身近な解決策とも言える。
「…………」
でも、明宮の反応は鈍い。
「歌うの好きじゃないのか?」
ふるふる。
首を横に振られた。
「……大勢だと、どうしていいか……わからなくて」
「ああ」
確かに、急に大勢がいる場所に投げ込まれたら、混乱するかもしれない。
話すのが苦手な明宮だったらなおさらだ。
「それじゃ……話す練習、する? その……まずは俺と」
自分を指差してみる。
「……良いの、でしょうか?」
「俺から提案してるんだから、問題なし」
「…………」
明宮はためらっているのか無言だったが、やがて意を決したのか。
――コクリ。
そう頷いてくれた。
「まずは……ああ、そうだ。俺の名前名乗ってなかったな」
「あ、いえ……ひ、日辻……一郎さん、です」
「えっ?」
「えっ」
ビクッと明宮が肩を震わせる。
「……ま、まちがいですか?」
「あっ、いや違う。俺の名前覚えてくれてたんだ……って驚いて。悪い意味じゃなくてさ。なんか嬉しい」
アワアワと慌てだした明宮を慌てて落ち着かせる。
「そんな……でも、良かった。違う読み方かも、と思ってました」
「ああ、まぁヒツジって変わった名字だもんなぁ」
「いえ、私も……『はるのみや』と呼ばれることがあります」
「そんな風に読むんだ」
「……はい。偉い人の名前でこの呼び方があったそうです」
「へぇ……うん、明宮さん、ちゃんと話せてる」
「少し……ですけど」
「千里の道も一歩からっていうじゃん」
「そう、ですね」
控えめに頷いてくれる。
滑り出しはまずまず――そう思えた。
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