第56話 閑話1・その頃の彼女

「サイダーってあまり飲んだことないの」


 お昼ごはんを食べた後、九条シアは買ってきたサイダーのフタを開けながら、目の前の門井かどいことに話しかけた。

 今日も雨降りだから、昼休みの1年4組の教室はいつもより人が多い。

 そんな中、シアと琴はいつものように机を向かい合わせにして過ごしている。

 琴とは出席番号が並んでいるから、入学式の日から自然と話すようになっていた。


「家だとほとんど飲ませてもらえなかったんだっけ?」

「うん、たまーに飲ませてくれるけど、『甘すぎるから身体に悪い』ってほとんど禁止状態ね」

「でも、高校じゃ、飲んじゃうんだ」

「悪い子だから♪」


 ウインクしてからサイダーをひと口。


「はー……ピリピリ来るぅ♪」

「美味しそうに飲むよねぇ、ほら、これも食べる?」

「わーい、チョコだー♪」


 パックのいちご牛乳を飲みながら、琴が差し出してきたのは、スティック状の焼き菓子にチョコレートをかけたもの――説明不要の有名菓子だ。


「美味しそうに食べるよねぇ……シアってさ、見た目落ち着いてそうなのに、すごく子供っぽいところあるんだから」

「うーん、子供っぽい……?」


 ポキと音を鳴らしながらお菓子を食べつつ、シアが首を傾げる。


「いろんなことを、純粋に楽しんでる気がする」

「そりゃね。実際とっても楽しいし。高校って中学のときと違って、学校でお菓子食べたり、ジュース飲んだりできちゃうから、ワクワクするよねぇ」

「ま、グレーゾーンではあるけどね。でも、甘いものは正義!」

「そうそう、正義正義♪ もう一本いい?」

「ええ、どうぞ」


 琴がお菓子の箱を差し出す。

 食後に、こうやってのんびり話すのが、二人のお気に入りの時間だった。


「そういえばシア、結局、部活しないの?」

「うん。これしたいなーっていうのないし、部活入らなくても良いらしいから」

「そっかー、一緒にできたら良かったんだけどなぁ」

「剣道部は遅くなることもあるんでしょ。うちはさ、家族みんなで夕飯食べようってことになってるから、遅くなったらいけないし」

「あー、言ってたね。シアの家って仲が良いよね」

「うちじゃ当たり前だから『仲が良い』って言われると不思議だけど、そうなんだろうね」


 各々の家の常識なんて違うもの。

 こうして友達と話していると、家のルールのギャップがあって面白い。


「でも、だからシアみたいな子が育ったんだろうなぁって思うよ」

「えっ、それどういう意味?」

「可愛いってこと」

「もー、なーんかコトちゃんは、私を子供扱いにするなぁ」


 口をとがらせながらも、シアの口元は緩んでいる。

 琴の言う通り、シアはどんな状況も楽しんでいる。


 ――おそらく、自分は幸運な人間だとシアは思っている。


 別にお金持ちの家に生まれたわけでもないし、運動や勉強が極端にできるわけでもない。でも、幸せは主観のものだから、きっとこの認識は正しい。

 こうして、何気ない話をできる友人がいて、自分と過ごす時間を作ってくれる両親がいて。

 たまに、親に禁止されている『悪いコト』をこっそりやったりみたりもして。

 十分すぎて、これ以上望むのは『高望み』というやつだ。

 できるならこの日々が続いて欲しい。


「ふー……」


 サイダーを飲みつつ、窓の外を眺める。

 相変わらずの雨降り。

 湿気だって高いし、お世辞にもいい気候とは言えないけれど。


「――今日もいい日ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る